読むべき本、見逃していない?

「夏目漱石がもしも、森田療法を受けていたら・・・」

  • 書名 胃弱・癇癪・夏目漱石
  • サブタイトル持病で読み解く文士の生涯
  • 監修・編集・著者名山崎光夫
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2018年10月10日
  • 定価本体1900円+税
  • 判型・ページ数四六判・317ページ
  • ISBN9784065133811

 夏目漱石は入院作家だった。年の半分以上、入院していたときもあった。漱石は病気の合間を縫って執筆していたといっていい。作家になってからとくに苦しんだ胃潰瘍、数年おきに襲う神経衰弱、さらに眼病、糖尿病、痔疾が漱石の心身をいためつけた。漱石の作品と生涯は、病と切り離せない。本書『胃弱・癇癪・夏目漱石』(講談社選書メチエ)は病からアプローチした漱石像である。

 著者の山崎光夫氏は明治期の医学・薬学の世界に詳しく、名医たちと漱石の接点を描く。医者たちの横顔がエピソードを交えて紹介され、漱石をめぐる医者の群像としても面白く読める。

『吾輩は猫である』のモデル

 漱石を診察した最も著名な医者は、北里柴三郎だろう。

 漱石は学生時代の終わりころ、痰に血が混じり、結核が疑われた。親友正岡子規は吐血しており、兄ふたりは相次いで結核で亡くなっている。当時結核は最も恐れられていた。細菌学者として名高い北里のもとへ診察を受けに行った。ドイツで世界的な細菌学者コッホに学んで帰国した北里は、伝染病研究所を開設していた。結果はとくに心配するほどでなく、喀痰検査でも細菌は見つからず、漱石は胸を撫でおろした。後年北里が漱石作品を読んだかわからないが、一度だけ診察した若い夏目金之助を覚えてはいなかっただろう。

 尼子四郎は夏目家の家庭医だ。広島出身で東京帝大医学部を卒業するが、体調を崩し帰郷、広島などで開業し、その後保険会社の保険医を経て漱石宅に近い本郷・千駄木で開業する、という苦労人だ。『吾輩は猫である』の甘木先生のモデルとされ、漱石一家から信頼された。

 神経衰弱が昂じると、漱石は妻や子どもに手を挙げ、今でいうDV(ドメスティック・バイオレンス)に近い症状を呈した。尼子の紹介で日本精神学の権威、呉秀三の診察を受けた。呉は「治りきるという病気ではない。治ったと思っても一時沈静しただけで、またいずれ症状は現れる」という診断だった。

 森成麟造といえば漱石ファンにはなじみある名前だろう。修善寺大患と呼ばれる大病のときに付き添った漱石の主治医だ。越後・高田出身で仙台医学専門学校を卒業、東京・内幸町の長与胃腸病院に勤務する若い医者だ。漱石が転地療養先の伊豆・修善寺で胃潰瘍が悪化すると、朝日新聞社の依頼で修善寺に出向き、漱石を診た。病状は好転せず、ベテランで消化器専門の副院長杉本東造が修善寺に呼ばれた。杉本到着のその夜、漱石は大量の血を吐き人事不省に陥った。杉本と森成はカンフル注射を打ち続け、なんとか危機は脱した。ところが杉本は翌日、早々に帰京してしまう。闘病中だった院長の容体が急に悪化したためだった。今度出血したら危ない、と言われていただけに周りは不安だっただろう。残された森成の責任は重大で、内心心細かったのではないか。

漢方は利用せず

 森成の努力もあってか、漱石は徐々に持ち直し、帰京して再び胃腸病院へ入院することが出来た。森成はその後、故郷高田に帰り、開業した。後に漱石は長野に講演旅行に出かけた際、わざわざ高田まで足を延ばし、森成の医院を訪ねている。漱石の高田訪問は地元新聞におおきく取り上げられた。著名な作家夏目漱石の主治医だったということが広く知られ、森成先生の評判は上がったのではないか。漱石は修善寺のお礼で高田に行ったのだが、自分の訪問の効果も考えていたかもしれない。

 本書で最も惹かれたのは、森田療法の創始者、森田正馬(まさたけ)と漱石の意外な近さだった。森田療法は「あるがまま」の自分を受け入れることを基本にする精神療法で、近年、再評価されている。土佐出身の森田は東京帝大で呉の指導を受けて精神病学を学んだ。熊本五高で漱石の授業を受けており、同郷の寺田寅彦と親しい。漱石作品の愛読者だったそうだ。尼子四郎とも親友だ。鏡子夫人に相談された尼子を通じて、もし森田が漱石を診察していたらどうだっただろう。森田療法が確立するのは漱石没後だから、まだ特別な施療はなかったかもしれないが、興味がある。

 わき役ながら、浅田宗伯という漢方医も登場する。漢方の大家で、漱石の実家近くに住んでいた。『猫』に、時代遅れの老人として揶揄的にでてくる。漱石は漢文、漢詩を好んだように中国文化に敬意を抱いていたが、医薬方面は西洋学を信用し、漢方とは縁がなかった。だが、漱石の命を奪った胃病などの消化器系疾患は漢方の得意分野でもある。もし若いころから漢方に親しんでいたら、と思わないでもない。

 本欄では漱石関連で、『編集者 漱石』(新潮社)、『世界のなかの子規・漱石と近代日本』(勉誠出版)なども紹介している。

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