「酒場放浪記」で絶大な人気を誇る酒場詩人、吉田類さんの近著である。『酒は人の上に人を造らず』(中央公論新社)。吉田さんの普段の飲みっぷりと、「思想」「生き方」をそのまま表したかのようなタイトルだ。
「人の上に・・・」は福沢諭吉の言葉として有名だが、本書によれば、土佐出身の自由民権運動家、植木枝盛が作詞した「人権数え歌」にも登場するそうだ。「一ツトセー、人の上には人ぞなき」。吉田さんも土佐出身だから、諭吉よりは枝盛に親近感がある。
本書は雑誌「中央公論」に吉田さんが連載していた随想をまとめたものだ。「風に月見草」「立ち酒はハードボイルドの後に」「横町を渡る月」など20数本が並ぶ。一つの話の中に、いくつかの酒店や場所が出てくる。冒頭に掲載されている地図には、北海道から九州まで、訪れた場所がマッピングされている。
俳人、作家、エッセイスト、画家、歌手・・・。吉田さんの肩書は多彩だ。現在68歳だが、人気がブレークするのは50歳を過ぎてから。これだけ多能な人物を見つけ出し、メディアに登場させ、酒飲み界のスーパースターとして売り出したプロデューサーは大したものだと言わざるを得ない。もちろんそれに応える吉田さんも。
「実はあの人、一滴も飲めないらしいよ」と真顔で話す知人がいて、驚いたことがある。もちろんこれは、フェイクニュース、実際に物凄い酒豪だ。本書にも書いてあるが、友人やスタッフと「朝から飲める店」の取材したときのこと。東京・上野のガード下を午前9時にスタートし、8軒目が午後3時。カメラマンと編集者は退散したが、さらに回って結局13軒も行ったとか。
生い立ちや経歴が今一つはっきりしない人でもある。父を早く亡くした。母は俳句の才があった。土佐の山の中で育ったが、中学は京都だった。長くパリなどで画家修業をしていた、などは折に触れて語っている。家族関係は不明だが、1人暮らしが長いことをうかがわせる。それにしても、俳句会を主宰するほどの薀蓄はどうやって身に着けたのか。本書でも、文学への造詣の深さをうかがわせる。地理や歴史も詳しい。山歩きなど多数の趣味がある。不思議な人である。
普通のサラリーマンからみると、夢のような自由人。世の中が窮屈だからこそ、吉田さんのライフスタイルに神々しさがつのる。「人の上に人だらけ」だからこそ、「人の上に人をつくらない」という言葉が響く。せめて酒場で、裃を脱いだ時ぐらいはそうありたいと願う人たちの憧れの人なのだ。
かつて吉田さんの講演を聞いたことがある。水問題、環境問題などにも心を配っている人だということが分かった。テレビの「酒場放浪記」について、会場から質問が出た。行ってみたものの、つまらない店の時もボツにせず、放送しているのでしょうかと。吉田さんはちゃんと答えていたが、ここではまあ、内緒にしておきましょう。ヒントは、たぶん吉田さんは、「酒場の上に酒場をつくらない人」だろうということで。
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