5年ほど前、静岡県の天竜川中流にある佐久間ダムを訪れたことがある。昭和31年に完工した、当時日本一の水力発電所だ。ずいぶん山深いところで、JR飯田線の最寄り駅からタクシーで山に入り、いくつかのトンネルを抜けると、いきなり青々としたダム湖に着く。巨大な人工物なのに、周囲の森の緑と調和し、静かに端座している姿は、不思議な安らぎを覚えた。
本書『日本のダム美』(ミネルヴァ書房)に紹介されるダムは、おもに明治から昭和戦前に造られた「石積み堰堤(ダム)」で、全面コンクリートの佐久間ダムとは種類が違う。高さ(堤高)も2、30メートル程度が多い中小クラスで、150メートルを超える佐久間ダムと比べられない。だが、日本の近代化を支えた初期インフラであり、年月に耐えて今も残る姿は、風土景観化し、貴重な近代遺産として見直されている。
石積み堰堤とは、ダム本体外部を、目地(継ぎ目)をモルタルで固めた石積みで囲い、内部に大きな石を入れたあとにコンクリートあるいはモルタルを流し込んで造られたダムのこと。佐久間ダムのように外面もコンクリートで覆われるコンクリートダムと異なり、自然石などが利用される外面の石張りが特徴的だ。石張りは風雪と共にお城の石垣のような美が生まれ、堰堤各所に手作りの装飾も施される。明治期は主に水道用であり、のちに発電、農業用水、工業用水の水確保のために造られた。本書によると、現在全国で70基ほど残っているという。重要文化財、近代土木遺産、近代化産業遺産に指定されたものも多い。
日本初の石積み堰堤は神戸市にある布引ダムだ(重要文化財)。堤高33メートル、1900(明治33)年、神戸市が水道水確保のために造った。高欄の下の石は、規則的な歯飾りのデザインが施され、ダム近くの散策路から見える。当時ヨーロッパではやったデザインで、東京・英国大使館テラス下にも同様の歯飾りが並ぶという。阪神大震災にも耐えた現役のダムで、「赤道を越えても腐らない水」として、神戸港に立ち寄る船員に親しまれてきた「神戸ウォーター」を、今も生み出している。
福岡市郊外の曲淵(まがりふち)ダムも水道用だ。福岡市は域内に大きな川がないため、慢性的に渇水に悩む大都市で、はやくも大正時代に上水道専用として竣工した。周辺はダム公園として整備され、水確保だけでなく憩いの場としても地域に愛されている。
著者は親子2代にわたるダムエンジニア。当然、技術や構造に詳しいが、それだけでなく、石積みダムの歴史的価値や先駆者たちの横顔を紹介、さらにはその魅力を、用(実際に人間に役立つ)、強(大地震にも耐えうる強さをもち、人間を守れる)、美(形や色が美しい)とみなして説明する。
最近、著者のような専門家ではなく、アマチュアのダムファンが増え、ダムブームともいわれるらしい。ディープなダムファンは、多くは不便な山間地にある全国のダムを訪ね歩き、写真に収め、分類し、データベース化する。彼らは財団法人日本ダム協会から「ダムマイスター」に任命される。本書所収の全国の石積みダム紹介の章は、ほとんど彼らの手になるという。ほかに、ダムの基礎知識や用語解説、コラムなどの囲み記事も配され、素人にも読みやすい。
先に記したように、ダムは自然破壊の産物にもかかわらず、まがまがしい感じがしない。大自然のなかで豊かな水をたたえているからもあろうが、用・強、ときに美も備えているからだろう。本書を読んでいて、「質実剛健」という言葉が浮かんだ。
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