最近では通勤の車中でスマホの音楽制作アプリを使い、音楽作りを楽しむ人達も増えているようだ。この本は初めて作曲をしてみたい人達に向けて書かれた、大らかで自由な発想の作曲入門書である。
『作曲の科学』(講談社ブルーバックス)という本のタイトルから難解な本かなと思われるが、説明はいたってわかりやすく、好感がもてる。
著者のフランソワ・デュボワ氏はフランスに生まれ、本格的にクラシック音楽を学んだマリンバ奏者で作曲家である。その後マリンバの故郷アフリカやアジアの音楽にも触れ、いわば西洋音楽と非西洋音楽の異文化を同時に吸収した、独自な音楽スタイルを持つ音楽家である。演奏活動以外にも現在、慶応義塾大学で作曲を教える講師の一面ももつ。
各章は音楽にちなんで、第一楽章から第四楽章となっている。それぞれの楽章にはテーマが設けられ作曲方法が展開されている。<第一楽章 作曲は「足し算」である──音楽の「横軸」を理解する>には音楽の基礎知識である記譜法の歴史や音楽記号についての説明。<第二楽章 作曲は「かけ算」である──音楽の「縦軸」を理解する>ではコードの知識として和音の作り方とそのカギを握る音程についての説明。<第三楽章 作曲のための「語彙」を増やす──楽器の個性を知るということ>では著者と縁があった楽器の話と音楽を豊かにする音色について。<第四楽章 作曲の極意──書き下ろし3曲で教えるプロのテクニック>ではいよいよ作曲についての話だ。
メロディやコードの付け方など基本的な方法が全て説明されており、初心者にとってはためらうことなく作曲が始められそうだ。メロディを作る際の音符の長さを足すことを「足し算」に、和音を作る際の音の積み重ねを「かけ算」に例えるなど、作曲の中にある音楽上の意味の変換を『作曲の科学』とタイトルにした点が大変ユニークである。
この本では少し突っ込んだ専門的な部分は省略されているが、それについて補足させてもらう。メロディの作り方は古い時代のモーダルな方法(「旋法的」つまり、コードが進行せず、延々とひとつのコード、ひとつのスケールの中で停滞し繰り返されるような音楽)で、コードの付け方は現在一般的によく耳にするポピュラー音楽の方法とモーダルな方法を折衷案的に用いているようだ。
西洋音楽史に照らし合わせてみると、音楽スタイルは中世まではモーダルな旋法の音楽の時代であった。古代ギリシャにおいてピタゴラスが音階を開発したあたりを起源とすると優に二千年にも及んだスタイルである。
このスタイルの特徴は現代ポップスのようにコード(和音)とメロディが同等に存在するものではなく、あくまでも旋法(音階)が主体であり、その時代の音楽とはメロディとリズムを指していた。そのためシンプルなコード表現は存在したが、そのルールについては希薄なものであった。またアフリカやアジア地域の民族・民俗音楽でも旋法の音楽は圧倒的に多い。
一方中世の時代を過ぎ、やがてルネッサンスになると多声音楽が聴かれるようになる。これをポリフォニー音楽と呼び、単旋律のメロディに対してハーモニーを付ける、多声による宗教音楽であった。中世以降このような音楽がヨーロッパにおいて発展を見せるようになった事から、複数の音が同時に鳴る和音に対して音楽の注意が向けられるようになっていった。
そのような中、1722年フランスの音楽家ラモーが和声論として理論をまとめあげる。この理論は今日まで続くことになるコードのルールブックと呼ばれるものであった。このルールとは調性内に作られる和音群に対して、3つの機能を与え分類し、その連結作法を定めたものである。これがその後ポピュラー音楽でもよく耳にするようになる、C、F、G7、の3つのコードによる連結方法であった。
そして音楽理論ではこのルールを機能和声と呼んでいる。このような音楽コンセプトはヨーロッパを中心にして発展し、その後バロック以降はヨーロッパ以外の地域へもキリスト教音楽の伝播と共に徐々に拡散した。なお作曲方法については、ポップスではメロディもコードも機能和声のルールで作られることが今日一般的ではあるが、文化が多様化している現代においてはいろいろな音楽スタイルの混合が見られる。
このような現代の文化動向を見据えた場合、異なる作曲コンセプトを組み合わせて自由に作ることも十分に考えられ、この本には、著者の音楽経験の資質がよく反映されているように感じられる。
本書には出版社のサイトアドレスが冒頭で紹介されており、そちらには参考音源や著者の新作も付録として聴くことができる点も大変なお得感がある。いずれにしてもこの本は異文化混合からの作曲の可能性を追求した良書といえそうだ。
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