国鉄は1987年、民営分割化され、JR東日本などJR各社が誕生した。この移行に際して戦後、日本の労働運動を牽引し、社会党など革新政党を支えてきた最大労組の国労は、分裂・崩壊した。かわって躍り出たのが、かつてストや順法闘争の先頭に立った「鬼の動労」指導者の松崎明(1936~2010)氏。JR東日本労組の委員長としてJR東日本の経営や人事にも影響を与える存在となった。
そんな松崎氏には新左翼、革マル派の最高幹部ではないかとの見方もあり、「偽装転向」もささやかれていた。本書『暴君 新左翼・松崎明に支配されたJR秘史』(小学館)は、その生涯を追うとともに、松崎氏に翻弄され続けてきたJR東日本の30年の陰の歴史を明らかにした大冊である。
松崎氏と革マル派の関係については、すでに多くの本が書かれ、国会でも取り上げられている。本書の最大の特徴は、JR東日本の元社長・松田昌士氏の証言を引き出していることである。
「松崎は『自分は今でも革マル派である』ことを私に率直に告白し、『そのことで住田社長や松田さんにはいっさい迷惑はかけない』と誓ったのです。(中略)私は松崎がたとえ革マル派であっても、信頼して同じ船に乗り込める男だと判断しました」
労使協調路線と言えば聞こえはいいが、ただの組合ではない。階級闘争を掲げる新左翼、革マル派に牛耳られた組合だ。敵対組織に「もぐりこみ」、内部から「食い破る」運動理論をもとに、「ストはもうやりません」と宣言し、組織を温存して国鉄改革を乗り切った。同派がJR総連のもと、全国のJR労働運動を指導するというもくろみは、別労組をつくったJR西日本、JR東海、JR九州の労組や経営陣の判断もあり、崩れ去った。しかし、JR東日本では「労使協調」の名のもとの、松崎氏の専横がまかり通った。
絶対権力者となり、組合を私物化し、神格化されてゆく松崎氏。革マル派の最高指導者、黒田寛一(1927~2006)氏との確執も生じる。かつての部下の離反も進み、彼らが提供した資料や私家版が、本書の分厚い記述の裏付けになっている。
松崎氏と革マル派との関係が国会で取り上げられていた2010年9月頃から、松崎氏の消息は絶える。入院し、次の句を詠んだ。
D型もD民同へ涸谷(かれだに)に
著者は「松崎が牽引車となって進めて来た『闘う動労型労働運動』はすでに水源も涸れ、流れ落ちる水もない岩屑が転がる涸れ谷となろうとしている、という無念の思いを詠んだものであろう。その原因を作ったのは自分自身であることを、松崎は果たして気づいていたのかどうか」と書いている。
その後、JR東日本の経営陣は、組合との距離を取り始め、現在はかなり「正常化」していることは付け加えておきたい。組合員数も激減している。
著者の牧久さんは、日本経済新聞の元社会部記者。その後副社長を経て、テレビ大阪会長まで務めた人だ。社会部記者時代に国鉄を担当、その蓄積を生かして2017年に『昭和解体-国鉄分割・民営化30年目の真実』(講談社)を書いた。しかし、その労使関係についてはあまり触れず、心残りだったという。今回、本書を書き、「妖怪の呪縛」からようやく解き放たれた、とあとがきに記している。
牧さんは日産自動車を立て直し、君臨してきたカルロス・ゴーンが逮捕された事件で、かつて「日産の天皇」と呼ばれた組合指導者・塩路一郎氏のことを思い出したという。自家用のヨットに美女をはべらす豪奢な生活を送った塩路氏。一方、松崎氏もハワイに二つも別荘を持ち、その資金源として組合費を横領しているのではないかという容疑で警視庁公安部の家宅捜索を受けたことがある。最終的には立件できす不起訴処分になった。
二人が根拠とした組合はまるで似つかわないものだが、「権力は腐敗する」という法則は民主的であるはずの組合の指導者であっても逃れられないようだ。
本稿にはほとんど固有名詞を引用しなかったが、本書には膨大な人名が出てくる。日本を代表する巨大企業を陰で操る集団の存在は、平成のマスメディアのタブーだった。週刊誌の発売中止や訴訟で言論が封殺されてきた側面もある。
松崎氏の死から9年、その影響力がそぎ落ち、ようやく書ける時期になったのかもしれない。著者の粘り強い追及は社会部記者OBの力量を最大限発揮したものだ。
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