読むべき本、見逃していない?

聖隷福祉事業団の創始者が「骨格標本」を残した理由

  • 書名 遠州考
  • サブタイトルやらまいかを探る
  • 監修・編集・著者名長谷川智 著
  • 出版社名羽衣出版
  • 出版年月日2019年5月 1日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・224ページ
  • ISBN9784907118433

 遠州(遠江)とは静岡県の西部地方のこと。概ね大井川以西を指す。本書『遠州考――やらまいかを探る』(羽衣出版)は、その遠州の風土と、そこで育った人たちのことを書いている。「やらまいか」というのは、この地方の方言で、「やってみよう」「やろうじゃないか」を意味する。要するに前向きの積極的なチャレンジ精神のことだ。

知恵があって気が強い

 初めて知ったのだが、遠江とはその昔、都から遠いところにある巨大な湖=浜名湖の呼び名だったそうだ。近くにある巨大な湖が琵琶湖で、こちらは近江。それぞれの地域について、遠州とか近江の国と呼ばれるようになったという。

 静岡県は、遠州、中東部の駿河、さらに東の伊豆に分かれる。それぞれの気質の違いについて、すでに室町時代の『人国記』に記されているそうだ。本書の要約によれば、「遠江はものを頼みにしてへつらうところがあるが、知恵があって気が強い。駿河は度量が狭い。思慮深いが頑固なところがある。伊豆は天然の気質を受けて清らかだが、一時の気分的なところがある」。

 確かに「知恵のある」遠州からは近年、日本はもちろん世界をリードするようなチャレンジングな逸材が立て続けに生まれている。ホンダ、スズキ、ヤマハなどの企業が隆盛を誇り、豊田佐吉の出身地だと聞けば、誰しも納得するだろう。最近では、2015年にノーベル物理学賞を受賞した東京大宇宙線研究所長・梶田隆章さんの研究や、02年の受賞者小柴昌俊・東大名誉教授の「カミオカンデ」による研究を支えたのは浜松市の光関連電子機器メーカー「浜松ホトニクス」だということは良く知られている。同社の創業者は、1926年に浜松高等工業で、世界で初めてブラウン管による電送・受像を成功させ、日本のテレビの父といわれる高柳健次郎博士の教えを受けた人だ。

フジヤマのトビウオも遠州

 本書には、国学者の賀茂真淵からジュビロ磐田をつくったサッカー関係者など、多数の「やらまいか」な人々が登場する。大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」で注目されることになった田畑政治もその1人。浜松有数の造り酒屋の生まれで、浜松中学時代は水泳選手だった。新聞記者のかたわら生涯を水泳日本に尽くし、1964年の東京五輪のために全力を注いだことが番組でも出て来る。NHKの担当プロデューサーは本書で、「田畑はまさに遠州人」と語っている。

 敗戦で意気消沈していた日本人を水泳で元気にさせ、フジヤマのトビウオと称された古橋広之進も浜松出身。フジヤマは遠州ではないので、この愛称は本人にとってはどうだっただろうか。

 本書で度肝を抜かれたのは、66ページに掲載されている「骸骨」の写真だ。これは日本最大の医療福祉集団と言われる聖隷福祉事業団の創始者、長谷川保(1903~94)の遺骨。浜松医大に献体され、浜松市の聖隷歴史資料館に骨格標本として展示されているそうだ。

 長谷川は浜松商業を出て上京、キリスト者の内村鑑三に出会い薫陶を受ける。浜松でクリーニング店を営むかたわら医療福祉事業に乗り出した。結核患者のケアからスタートした事業団は、今では1都8県で事業展開、職員は1万5000人というからすごい。「神の奴隷」として結核患者と共に生き、私的な財産は持たず、ほぼ無報酬で働き、一生を質素な小屋で暮らしたという。その長谷川が残したのが、この自身の献体骨格標本というわけだ。死後も後世の人に役立ちたいという医療に捧げた「やらまいか人生」をうかがわせる。

著者の人生も「やらまいか」

 本書の著者の長谷川智さんは1957年、遠州の磐田市(旧竜洋町)生まれ。磐田南高校、早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業し、朝日新聞に入って経済部記者、アエラ副編集長、東京本社経済部長、名古屋本社編集局長などを務めた。現在は浜松支局員(経済担当)兼掛川支局長。長く一線で活躍し、編集幹部を務めた後、地元に戻って故郷再興に取り組んでいる。本書は同紙の静岡版連載をもとにしている。

 最近、海外特派員をして功成り名を遂げた記者でも、定年前後に再び地方に赴任して記者生活を続けるケースが少なくないと言われるが、長谷川さんもその1人。華麗な経歴もあって、地元で講演に呼ばれることも多いようだ。巻末には講演録も付いている。まだ60代になったばかり。これからもう一花、二花咲かせるべく、長谷川さんの「やらまいか人生」が続くに違いない。

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