日本を代表する巨大企業、JR東日本が長年、新左翼セクト、革マル派の影響を受けていたことが今年(2019年)2冊の本によって改めて白日の下にさらされた。1冊は日本経済新聞で長く社会部記者をつとめた牧久さんによる『暴君 新左翼・松崎明に支配されたJR秘史』(小学館)で、先日BOOKウォッチでも紹介した。そしてもう1冊が本書『トラジャ JR「革マル」30年の呪縛、労組の終焉』(東洋経済新報社)である。
著者の西岡研介さんはノンフィクションライター。神戸新聞社会部記者を経て、「噂の眞相」に移籍。則定衛東京高検検事長のスキャンダルをスクープしたことで知られる。その後、「週刊現代」記者時代の連載に加筆した『マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』(講談社)で2008年、講談社ノンフィクション賞を受賞した。このころはまだ革マル派の勢力が強く、西岡さんも多数の訴訟を抱えるなど苦労したわけだが、その後もこの問題を追い続けていた。西岡さんだが、本書のあとがきを「あっけないものだな......」と書き始めている。
それは昨年(2018年)、「世界最強の労働組合」と自称していたJR東日本労組から3万人以上の組合員が脱退したことへの感想だった。なぜ、そうなったかは後述するとして、牧さんの『暴君』と西岡さんの『トラジャ』をもとに、経緯をおさらいしてみよう。
国鉄は1987年、分割民営化され、JR各社へ移行した。この時、最大労組だった国労にかわって主導権を得たのが松崎明氏率いる動労だった。牧さんは『暴君』において、JR東日本の元社長・松田昌士氏の証言を引き出している。「もうストはやらない」と宣言し、組織の生き残りを図った松崎氏。当初は革マル派との関係を否定していたが、その後、松田氏に対しては『自分は今でも革マル派である』ことを告白し、松田氏は「松崎がたとえ革マル派であっても、信頼して同じ船に乗り込める男だと判断」し、労使協調路線を取ったのだ。双方が妥協したことがうかがえる。
旧動労がイニシアチブを取って結成したJR東日本労組の委員長には松崎氏が就任、経営や人事にも介入し、組合を私物化していった。松崎氏は2010年に亡くなり、会社側は労使協調路線から次第に転換してゆく。
ところで、西岡さんの書いた2冊の本のタイトルが異様だ。『マングローブ』と『トラジャ』。なにか熱帯を連想させる言葉だが、これらは革マル派の隠語(コードネーム)。本書はこう説明している。
「〈革マル派党〉中央労働者組織委員会の中には、『トラジャ』と呼ばれる『JR出身の常任委員』約10名がいて、これらの者が『マングローブ』と呼ばれる『JR委員会』に所属する約150人の指導的メンバーを指導してきた」
つまり、どちらもJRの労組の革マル派活動家で、『トラジャ』がより上位であることがわかる。
本書は3部構成で、第1部が「JR東日本『革マル』30年の呪縛」で、前著『マングローブ』から再録した部分が多いという。牧さんの『暴君』と重なる内容もあり、いかにして松崎氏がカリスマ的に組合を支配していったか、革マル派が組合の中で力を得たのかが詳しく書かれている。
第2部は「『JR革マル』対『党革マル』の『内ゲバ』」。革マル派が分裂する危機があったことが書かれている。こうしたことに関心のある向きには驚きの内容だが、大方の人は関心がないだろう。
第3部は「JR北海道『歪な労政』の犠牲者」。いまだにJR北海道労組では革マル派の影響力があり、事故に関連してJR北海道の2人の社長が自殺した背景が書き込まれている。
さて3万人以上もの組合員の大量脱退が起きた2018年、いったいJR東日本では何があったのか。生々しいことばを引用しよう。
「今こそ『彼ら』を切る時です。昭和の問題は、昭和(採用の世代)で片を付けて下さい」
平成採用の執行役員の一人が、2017年11月、冨田哲郎社長(当時、現会長)と深澤祐二副社長(当時、現社長)に進言し、決断を迫ったのだという。
JR東労組が会社に対して、初めてスト権行使の通告をした直後のことだ。会社は対決姿勢を強め、さらに「労使共同宣言」の失効を通告した。その後、約4万6900人の組合員は約1万1900人に激減、約7割以上の社員がJR東労組を脱退したのだ。
会社がJR東労組を見限ったので、組合にいる意義を認めない若手社員が続出した、と西岡さんは見ている。逆にいえば近年、JR東労組のパワーが落ちていたということになるだろう。
大量脱退後、JR東日本では、36協定締結のため、会社側が主導して事業所ごとに「社友会」という親睦団体を作らせ、その代表と締結した。約3万5000人の非組合員のうち、半数以上が社友会にも入らない無所属だという。その一方で、組合不要論が幅をきかす現状に対し、西岡さんは違和感を表明している。
今こそ、正規、非正規、国籍を問わず、すべての労働者の権利と生活を守る「労働組合」が求められており、そのすべての労働者の願いに応える"責務"が大会社の企業内労働組合にもあるはずだ、と結んでいる。
それはさておき、新左翼に肩入れするメンバーが牛耳る労組が公共性の高い巨大企業の中にあったという事実は戦慄すべきことだが、西岡さんが「週刊現代」で掘り起こすまで、活字で明らかにされてこなかった。評者が以前、JR東日本に在籍した友人に尋ねても、はぐらかされてしまった。
牧さんの前著『昭和解体-国鉄分割・民営化30年目の真実』(2017年、講談社)の出版がきっかけとなり、この問題に再び光が当たり始めた感がする。そして昭和の問題は平成の終わりになってようやく転換期を迎えたということになる。労組対策が最大の懸案だったJR発足から30年の時間が必要だった。
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