平成を総括する本がいろいろ出ている。BOOKウォッチでも『平成史【完全版】』(河出書房新社)、『平成金融史』(中公新書)、『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)などを紹介している。それらに共通しているのは、「失敗の時代」であり、「失われた30年」という見方だ。
本書『平成時代』(岩波新書)の著者・吉見俊哉さんは、東京大学大学院情報学環教授の社会学者。「元号」はフィクションにすぎない、という立場の吉見さんが、あえて「平成時代」という表現を採用したのか、冒頭でこう説明している。
「『平成時代』は存在したが、それは天皇の在位という理由によって一時代をなすのではないという立場をとる。『平成』をひとまとまりの『時代』とすることができるのは、それが冷戦の終わりからグローバリゼーションへと向かっていく世界史的な激動の時代に重なるからである」
「『平成』とは、グローバル化とネット社会化、少子高齢化のなかで戦後日本社会が作り上げてきたものが挫折していく時代であり、それを打開しようとする多くの試みが失敗に終わった時代であったと要約できる」
そして本書の試みは、「平成」という失敗の博物館を一冊の本のなかに実現することである、としている。
以下、経済、政治、社会、文化について次のような章タイトルで総括している。
第1章 没落する企業国家――銀行の失敗 家電の失敗 第2章 ポスト戦後政治の幻滅――「改革」というポピュリズム 第3章 ショックのなかで変容する日本――社会の連続と非連続 第4章 虚構化するアイデンティティ――「アメリカニッポン」のゆくえ
「失敗」というキーワードとともに著者が導入したのは「ショック」という視座である。
4つのショックによって、日本の衰退に拍車がかかったとしている。
「第一のショックは一九八九年に頂点を極めたバブル経済の崩壊であり、第二のショックは九五年の阪神・淡路大震災と一連のオウム真理教事件であり、第三のショックは二〇〇一年のアメリカ同時多発テロとその後の国際情勢の不安定化であり、第四のショックは、もちろん一一年の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故である」
そして、ショックを切れ目とし、平成を4期に区分している。この区分には多くの人が同意するだろう。
社会学者の著者だけに、社会の変化を扱った第3章に分析の冴えを感じる。オウム事件などの惨事を社会の「失敗」の結果として受け止めるのではなく、外からもたらされた「ショック」として日本社会は受け止める、と指摘する。
また、バブル崩壊も少子高齢化も不可抗力的に蒙った「ショック」として受け止められがちだ。だから、政策が生み出した「失敗」を認識するのが困難になっていると。
第3章の結びには戦慄させられた。
「これから起きるのは、不均等な発展ではなく、不均等な衰退なのだ。日本全体が生産力を失い、人口が減少していくなかで、それでも東京は地方の人口を吸い寄せ続ける。もう地方では東京に吐き出す人口は払底しているし、東京に集まっている人口もすっかり老いており、かつてのような眩さはまるでない。比喩ではなく、地方は死に絶え、東京にも死が迫っている。それでもなお、この集中は国が滅びるまで続くのだ」
ひんぱんに地方と東京の往復を続けている評者には、このくだりがぐさっと刺さった。実際、地方都市の商店街に人影はなく、幼児や小学生を見かけることも少ない。高齢者向けの施設だけが増え続けるが、いずれそれらに従事する人たちも高齢化したり、東京に吸い寄せられたりするだろう。
本書を読み終えて暗然としたが、著者の狙いはまさにそこにある。「あまりに暗い面、ディストピア的な歴史ばかりを叙述しているのではないか」と。平成の「失敗」に学ばなければ、令和を含めて「失われた半世紀」やそれ以上になりかねないのである。
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