いわゆるバブルが最高潮に達したのは、1989年(平成元年)だった。1990年(平成2年)、当時の大蔵省による不動産関連融資の総量規制をきっかけに、バブルは崩壊した。日本の失われた資産は土地・株だけで約1400兆円とされる。
平成時代には、いくつもの金融事件が起き、あまたの金融機関が退場を余儀なくされた。平成とは金融が激変した時代と言っていいかもしれない。本書『平成金融史』(中公新書)は、時事通信とTBSで長く、日銀や大蔵省などを担当した西野智彦さんが執筆した。業界でも有名な経済記者、プロデューサーだ。
地価の下落は巨額の不良債権を発生させた。多くの金融機関が不良債権を抱え苦しんだが、中でも「住専」(住宅金融専門会社)の破綻が、平成金融事件史の幕開けとなった。
本欄でも『トッカイ バブルの怪人をおいつめた男たち』(講談社)を紹介し、改めて「住専」問題にフォーカスしたばかりだ。
本書でも第1章「危機のとばくち」に「『住専先送り』」の深層」として書かれている。住専は、個人向け住宅資金を供給するため、金融界が1970年代に次々と設立したノンバンクだ。設立母体の銀行自身が住宅ローン事業に参入したため、住専各社は不動産融資にのめり込み、傷を深めた。
本書を読み、初めて知ったが、住専に対する金融機関からの融資残高は約15兆円あったが、このうち4割を農林系統金融機関が占めていた。90年の不動産向け融資の総量規制から、なぜか農林系統と住専が除外されていたのだ。「農協の反対でだよね」という元官房長官後藤田正晴の回顧録からのことばを紹介している。
「住専問題というのは、結局は農林系統の救済になります。これは公的資金を入れないと駄目なんですが、公的資金を入れるにはなかなか名分が立たないでしょう」と早い段階で三重野康・日銀総裁は宮澤喜一首相に話していたという。
だが問題は先送りされ、95年(平成7年)住専処理策が決定され一般会計から6850億円が財政支出された。政治絡みの処理の内実を著者は詳しく書いている。
序章でこれだから、後は推して知るべし。拓銀・山一證券、連鎖破綻の衝撃、長銀の危機と日債銀の破綻、リーマンショック、さらに第二次安倍政権による「アベノミクス」について、誰がどう考え、どう動いたかを生き生きと描いている。
「個々の記述には一定の根拠がある。多くはオンザレコード、あるいはバックグラウンド・ベースのインタビュー、内部文書、議事録、当事者の日記や手帳に依拠しているが、情報源や文書の入手先は明らかにできない」としている。
通して読むと、政治家、金融当局による失政が傷をますます深めたという思いがする。あとがきで著者は「すべて『失敗と実験』の連続だった」とふりかえる。
バブルがいつはじけたのか、個人的にも判断を誤った人は多いだろう。私事で恐縮だが評者は91年に「まだこれからも価格は上昇するだろう。いま買わないと、もう買えなくなる」とマンションを購入、その後ゆえあって売却することになり、多額の売却損を抱えることになった。傷はその後の人生の展開にも大きな影響を与えた。バブルで痛みを抱えたのは法人だけではなく、個人でもあったのである。
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