平成が令和に替わる中で、書店では皇室関連本が目立っている。なかでも人気なのが、「美智子さま」だ。本書『上皇后陛下美智子さま 心のかけ橋』 (文春文庫)もその中の一冊。2014年に『皇后陛下美智子さま 心のかけ橋』として中央公論新社から出版された単行本をもとに一部補足して文庫にしている。単行本の「皇后陛下」が、文庫では「上皇后陛下」に変わっている。
著者の渡邊満子さんは1962年生まれ。慶応大学を卒業後に日本テレビに入社、ディレクター、プロデューサーとして活躍してきた。「キューピー3分間クッキング」については20年にわたって担当。そのほか、「システィーナ礼拝堂」「ルーヴル美術館」「女たちの中国」「天皇皇后両陛下ご成婚50年記念特番」など多数の番組に関わり、2009年に退社後はフリーの立場で、国際バレエアソシエーション代表理事、日中映画祭実行委員会副理事長などをしている。
初めて皇室番組を手がけたのは1993年のことだ。31歳になったばかりの渡邊さんは両陛下の訪欧特番を担当した。「華麗なる妃殿下誕生 皇后美智子さまと雅子妃」。そのとき、イタリア・フィレンツェ郊外で渡邊さんは不思議な体験をしたという。
市庁舎の前に黒塗りの車が滑り込んできて両陛下がゆったりと降り立たれる。それまで降っていた細かい雨がやみ、一条の光が差し込んでいた。広場に集まった人々に手を振る皇后さま。そのとき、たしかに美智子さまが美しく光っていたというのだ。まるで夢の中にいるみたいな光景は、今もしっかりと心に刻まれている、と回想している。
渡邊さんはこのときシスティーナ礼拝堂の取材も兼ねていたというから、宗教画のワンシーンと二重写しになったのかもしれない。それだけ美智子さまに「聖母像」のような神々しさがあったということだろう。
渡邊さんはその後25年間にわたって皇室取材を続けている。本書はこのような著者の「神秘体験」をベースに、美智子さまの敬虔さを描くと同時に、著者自身も精神的に浄化されてきたことも記している。そこが類書との大きな違いのように感じだ。
例えば著者は美智子さまに関わる人々を取材していく中で、周辺に「ノブレス・オブリージュ」(高貴なるものの義務)を果たそうとしている人が多いことを強調している。広く世のために自らの存在や能力を供そうとしている人たちだ。とりわけ聖心女子大の関係者は、学長として美智子さまに大きな影響を与えたマザー・ブリットを代表として多数の人が登場する。
聖心女子大の先輩だった緒方貞子さんは国連難民高等弁務官として国際的に活躍していた。帰国のたびに両陛下が御所に招いていたという。『置かれた場所で咲きなさい』のベストセラーで知られる修道女、渡辺和子さんも先輩だ。美智子さまとの「交友は静かに」続いていたと著者は書いている。
そうした諸先輩を訪ね歩いていたとき、ある人から英語で「あなたの天職(VOCATION)は何か」と聞かれたことがあったそうだ。著者はその後も、この言葉を反芻しながら取材を続けてきたという。結論として、「本書は皇后さまと周辺の方々のVOCATIONの物語(記録)である」と書いている。
実は渡邊さんは大平正芳元首相の孫娘。著書には『祖父 大平正芳』もある。いわば広義の「ノブレス」の一員だ。幼稚園は、美智子さまと同じ東京の超名門「大和郷幼稚園」。いろいろな意味で、「ノブレス」の取材でも気後れすることなく、出自が有利に働いたであろうことが推測できる。美智子さまから直接、「私が皇室に上がって公務を最初にご一緒したのは大平さんでした」と聞いたこともあるそうだ。このあたりも類書との出発点の違いと言えるかもしれない。
本書の中では大平首相に絡むエピソードも登場するが、最後のところに掲載されている「大平正芳の政治信条」が記憶に残った。「政治とは鎮魂である」というのだ。
誰もが不安を感じながら生活している。だから、政治がやるべきことは、なによりもその不安を取り除く努力をすることである。つまり、政治とは、人々の魂を鎮めるものである、というのが大平の信条だったというのだ。
大平が学生時代、かなり深くキリスト教に関わっていたことは良く知られている。急な病を得て、短期の首相在任に終わったことは本人にとっても、日本にとっても、自民党にとっても不幸だったといわれる。改めて大平の信条を読むと、とりわけその感が深い。渡邊さんもこの言葉をかみしめながら皇室取材を続けたことだろう。平成の両陛下の慈愛に満ちた行動ともつながる気がする。最近の政治家にもかみしめていただきたい言葉だと思った。
J-CASTでは、『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、「故・石牟礼道子さんと美智子皇后の『秘話』」、『水運史から世界の水へ』(NHK出版)、『旅する天皇――平成30年間の旅の記録と秘話』(小学館)、『後水尾天皇』(岩波書店)、『朝香宮家に生まれて』(PHP研究所)なども紹介している。
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