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在留外国人の増加――共生、共存への道(第24回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

1 外国人増加の現象

 来年(2020年)の夏には、東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。そこで、東京だけでなく日本の各地で、数多くの外国人の姿を目にすると予想されます。もっとも、近年には外国人観光客がかなり増えているので、前回の1964年東京オリンピックの時ほどの急激な変化とはいえないかもしれません。いや、外国人の姿などと気安く言いましたが、そこには日本人と区別した外国人という概念が今回扱うテーマの中心に存在することを指摘しておかなければなりません。また、外国人の増加ということが、そうした観光客やスポーツ観戦者に限ったことでなく、日本の人口問題と密接な関係があることにも注意を向ける必要があります。

 今日では、誰しも関心を抱いているといってよい人口問題は、要するに人口の減少傾向、少子高齢化、あるいは人手不足といったことと関連して語られており、これらに対処する法政面での諸施策のことが議論されております。そして、実際に、人口減少に伴う労働力不足を補うために、外国人を受け入れることが一つの手段として重視されるようになり、本年の4月には、新しい外国人受け入れ制度や技能実習生制度が発足しています。

 人口問題の解決手段として外国人の受け入れを増すことがはたして適切か否かは、大いに検討されねばならないと思います。IT技術の利用、AIの活用、女性の労働環境の改革、高齢者の労働力の見直しなどといったことは、働き手不足の解決のために大いに役立つはずで、看過できないといえます。しかし、それは、あるべき政策の分析、提案にかかわることで、ここでは簡単に論じ尽くすことができないようです。そこで、本コラムでは、政府の採用した政策への批判論を展開するのではなく、人口問題解消の一手段として動き出している外国人労働力の導入について、そこにはいかなる憲法秩序にかかわる問題が生じ、それについてどのように考えたらよいのかということを考察の対象とします。

 この考察にあたり、概略ながら、外国人増加の実態を示しておきます。
 総務省は、住民基本台帳に基づく2019年1月1日時点の人口動態調査の結果を発表しており、それによると、外国人は、16万9543人増えて過去最多の266万7199人となっているとのことです(注1)。これに対して、日本人の人口が前年から43万3239人減っていて、減少幅が1968年の調査開始以来、最大となっています。この結果を見ると、外国人の働き手としての存在感が高まっているといってよいでしょう。また、外国人の人口が増した市区町村の実情は、日本の各地においてかなり変容している状態ですから(注2)、そこから、外国人の人権問題を、従来のような考察方式の延長線上で、漫然と受け止めて考察していてはならないと思われるのです。

(注1)総務省の「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数 (平成30年1月1日現在)」参照。手っ取り早くは、日本経済新聞2019年7月11日の朝刊2頁を参照。
(注2)前掲注(1)であげた新聞記事を参照。

2 外国人と日本人

 法的には、日本国籍を有する者が日本国民であり、そうでない者が外国人とするかぎり、外国人と日本人の区別上の定義に問題がないように思えます。そして、日本国民は、国籍法に基づいて、国籍を有しており、その国籍取得の要件については、いろいろ論議を重ね、検討されてきたため、今日では落ち着いているといえるようです。ところが、日本人と外国人とに区別することが法定義上難しくないにしても、実際に社会において生活し、活動している人について、その区別は、納得できない、合理的に説明できない、思慮を欠いているなどといった批判を生じさせる元となっています。これについて、多角的な分析や考察が必要ですが、ここでは、前述の「外国人の働き手としての存在感が高まっている」と述べたところ、すなわち、本年の4月に発足した新しい外国人受け入れ制度や技能実習生制度に焦点をあてて考えることにします。

 その技能実習生の制度は、今回が初めてというわけではありません。従来から労働力不足を補うため外国人を受け入れようとしたのですが、いわゆる単純労働者を外国人に頼ることにより生じる問題を避け、技術者のみに限ることにしてきました。しかし、それでは経済界からの労働力不足解決の要求を満たすことができないため、単純労働でなく技能実習のためという名目を設け、日本で働く外国人を入国させることにしたのでした。建築現場、工事現場、さらには農作業場で、明らかに外国人と思われる人が働いている光景はよく認められるようになっていたはずです。この方式をさらに拡大ないし改変したのが4月から実施されている外国人受け入れ制度です(注3)。

(注3)「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習の保護に関する法律」が2016(平成28)年11月に成立し、翌年の11月から施行されています。この4月には、その法律のいう技能実習生の範囲を拡大した改正出入国管理法が施行されています。

 ところが、この新制度の実施に対しては、外国人の労働環境が劣悪、残酷、非人道的などとの強い非難が浴びされる実態がマスコミや外国人支援団体などにより指摘され、注目されています(注4)。そこで、法務省をはじめとする省庁や自民党などの政治団体、さらには受け入れ側の経済界などにおいて、問題の分析、反省、改善策の構築などがなされています。

(注4)これに関する多くの論稿が登場していますが、ここでは、遠藤美奈「外国人労働者の受け入れ拡大と人権保障」法学セミナー2019年5月号14頁およびそこで引用されている文献への参照に委ねます。

 なぜ上記のような外国人労働者にかかる問題が生じているのかについて考えることは、政府や関係機関に限らず、日本国民全体に求められている課題だと思われます。それは、本コラムが立脚している視点、すなわち日常生活において考えておく国法・憲法秩序の在り方にかかわるからです。

3 共生、共存の社会

 日常生活では、外国人のことを「外人」と呼んで、日本人と区別することにあまり神経を使わないことが通常のようです。これは、私自身の体験で知りました。すなわち、退職して研究者としての環境からはなれ、今まで接触したことのない人々により構成されている集まりに参加しているときですが、外人が自分たちと異なる存在であること、異質であることを何のこだわりもなく語っている場面に出会いました。また、前述したように、近年、外人の姿を目にする機会が増しているので、また、外人に接する機会が増えているので、その話題も増えています。

 そこで、指摘できることは、日本人は、外国人を労働者として扱う機会や体験が豊富でなかったために、急ぎ慣れることや対応を迫られているのではないかということです。過酷な労働の強制や耐えられない労働環境、それがために失踪したり自殺したりする事態をニュースで知るたびに、私が体験している日常での外人感覚に結び付けてしまいます。

 重要なことは、外人と呼んでいる人も、自分たちと変わりない人間だということです。人間であることは、憲法の人権保障の根底にあることで、人は、誰についても個人として尊重しなければいけないという価値が変わりなく及んでいることです。日本で不足している労働力を補うため受け入れた外国人を、別の価値基準で扱うことは憲法秩序上認められません。この基本的認識を欠いて、技能実習生という名目が一人歩きしているのではないか、正面から問われねばならないのです。

 また、話が高みにあがってしまいました。そこで、人の集まりの中で体験したことに戻ります。たとえば、「外人さんがPTAの役員として熱心に働いているので感心した」ということばを耳にしたことは是非披露したいと思っています。それは、積極的な受け入れに応じて日本の社会に入ってきた外国人が共生の努力をしていることであり、日本人は、それを見習うべきです。また、別の集まりの機会で、野球、サッカー、バスケット、ラグビー、テニスなどで活躍する優秀な選手のことが話題となり、肌の色、毛髪、体躯などの関連で、従来の日本人とは違う日本人であることが注目され、日本人も変わったとの感想が出ていたことも、紹介したいことです。これは、外国人と日本人の区別に対する意識の変化が生じているといえるでしょう。両者の共存ということが、法秩序の変化を生み出す土壌だと確認したのです。

 そもそも外国人と日本人とを区別することの意義は何であるかを思い返してみる必要があります。技能実習生としての外国人の受け入れに伴い生じている深刻な問題――詳しく紹介するゆとりがありませんでしたが――の根底には、外国人との共生、共存の道を誰もが意識すべきという課題が存在しています。

■筆者後記
 冒頭の写真は、初夏に、わが家の庭の片隅に突然咲いた花です。調べたらスパティフィラムという名で中央アメリカや南アメリカの熱帯域で生育とのことです。この外来の花が日本の地に共生していくよう、大切に育てるつもりです。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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