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民主主義政治の停滞か――前回のつづき(第23回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

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1 納得できない選挙方式

 今回も前回(22回)同様、地方統一選挙に関連して、日本の政治の現状、とりわけ民主主義政治の実情を考えることにします。それは、前回、代表的疑問点だと指摘しながらも、「別の機会に取り上げる予定」としておいたことを、時をおかないで述べておくべきだと反省しているからです。

 その疑問点とは、選挙方法について、「そもそも現行制度が自治体の政治の担い手を選ぶ選挙となっているのか、住民の投票が単なる人気投票的性格を持ち、政治家という人を選ぶ投票となっていないのではないか」ということでした。この疑問は、私の住所地の自治体、すなわち東京都世田谷区の議会議員選挙戦の時に強く感じたことです。おそらく本コラムを読んでいただいている読者の多くも、ご自身の自治体選挙で同様な疑問を抱いておられるのではないかと勝手な推測をして、一般化して論じてもよいと思っております。

 その疑問を一言でいうならば、実施されている選挙のやり方には納得できないところがあるということです。その第一にあげたいことは、散歩の途中で出会う立候補者のポスターの掲示板を眺めて感じたことです。

 世田谷区は、50名の議員で議会が構成されており、今回の選挙では75名の立候補者があり、その全員のポスターがくじ引きで得た位置に貼られていました。この立候補者の中から、選挙人は一人を選んで投票するのですが、当選者は、住民の代表者として区議会で活躍する議員となります。選挙で、この立候補者75名中50名を選ぶことが求められているのですから、選挙人はそれぞれ、自己が適切と思う50名を示せば問われていることへの答であり、選挙人としての役割を果たしたことになります。しかしながら、投票で記すのは一人だけです。これが選挙人の役割だと納得できるでしょうか。同時に行われた区長を選ぶ選挙の場合には、区長は、一人ですから、候補者中から一人を選んで投票することには疑問はありません。しかし、これと比べ、50名の議員を選ぶ投票の場合は、同じような意思表明をしておらず、これをおかしいと思わないでしょうか。

 おそらく、長年にわたりこのような投票をしてきて慣れてしまっているので、不思議に思わないのかもしれません。しかし、他の選挙の場合と比較してみると疑問はいっそう深かまるのです。すなわち、衆議院議員選挙の場合は、投じる一票は、選挙区から一名を選出する意思の表明ですから、納得できますが、参議院議員や都道府県会議員の選挙では、そうではありません(参議員一人区は除いてですが)。自分の住所地に配されている選挙区から複数の議員を選出するのに、一名の候補者名しか記さないのです。これに対しては、私が抱いている区議会議員選挙についてと同じ疑問が生じます。さらに、衆議院、参議院の議員選挙には、比例代表議員の投票も併存していて、そこではまた別の意思表明をすることになっています(注1)。

(注1)国政選挙で採用された小選挙区比例代表並立制は、世界に例のない日本独特な方式です。

 このように、区議会議員の選挙にとどまらないで、全選挙における選挙投票での意思の表明の仕方が一律ではないのですが、世田谷区議会議員の50名を選出する選挙時に、その選挙の方式は納得できないと強く感じました。これには、世界の諸国で発展してきた選挙法における選挙方式からみても、合理的な説明ができないとの思いが働いています(注2)。

(注2)ここで選挙法における選挙方式の概説はいたしませんが、興味ある方は、憲法や選挙法の解説書を参照し、日本で実施されている選挙方式が独特であることを確認して下さい。

2 事実上の選挙戦

 もう一つ、世田谷区議会議員選挙に関連して私の体験したことにふれます。

 本稿の執筆開始頃、国会が終わり、翌月の7月に実施予定の参議院選挙がマスコミによる注目の政治場面になりました。すると、マスコミの報道の中に、「事実上の選挙戦」ということばが登場するようになってきました。そのとたん、私は、2か月ほど前の世田谷区議会選挙の時期に出会った場面を思い出しました。

 よく知られているように、公職選挙法129条により、選挙運動は、公示日(告示日)に立候補届が受理された時から選挙が行われる日の前日まですることができ、この選挙運動期間外に行う選挙運動は、事前運動として禁止されているのです。しかし、選挙運動とは何かを明確に説明することができず、実際には、選挙での投票を依頼する文言のないポスターが常に、また選挙が近づくにつれ、街角に貼られています。これについてはすでに本コラムの第8回で取り上げたことです。選挙日の告示が近づくにつれ、立候補者となることが誰にも分る新しいポスターが散歩する道のあちこちで目につき、選挙が近いこと感じさせます。これを、事実上の選挙戦というわけですが、さらに、一つの出会いを経験しました。

 それは、地下鉄駅への入口階段上で、一人の青年が自分の名前を表示したのぼり旗を傍らにして、ハンドマイクで、熱心に区政への思いを語っている姿に出会ったのです。いわゆる辻説法をしていたのです。それが終わった時、私は歩み寄り、声をかけ、事前運動とされないように工夫していることの苦労をねぎらいました。彼は、前回の区議選では惜しいところで落選したので、今回はぜひ当選したく、かなり力を入れているようです――(今回は当選)。
 この事実上の事前運動は、政党や政治団体などの内部では選挙運動期間以前から着実に進められているようです。そのためか、選挙運動期間を長くとる必要がなくなってきて、私のような高齢者がはっきり感じ取れることですが、現在ではそれがかなり短くなっています(注3)。

(注3)参考までに各選挙運動期間をあげておきます。参議院選挙及び知事選挙が17日間。政令指定都市の市長選挙が14日間、衆議院選挙が12日間、都道府県議会選挙及び政令指定都市議会選挙が9日間、政令指定都市以外の市議会選挙及び市長選挙が7日間、町村議会選挙及び町村長選挙が5日間、補欠選挙の選挙運動期間も上記の期間と同じ。

 このように、事実上の選挙戦という指摘は、マスコミで広く使われ、合法の選挙戦すなわち選挙運動期間内でのそれを待つことなく、当選結果を固める働きを表しているようです。

3 停滞脱出の道

 以上に紹介した状態において、民主主義政治の停滞が生み出されているといえるようです。50名の議員を選ぶのに、有権者は、一人の候補者しか選択できないのですが、事前の選挙戦で、政党や会派、地元の団体組織、あるいは宗教団体――ちなみに、公明党は立候補者全員が当選しており、それに向けた票割当てをしているようだ――、その他の組織がある程度の数の当選予定者を決めていると推測できます。そのため、そのような流れから取り残されている有権者は、選挙への関心を薄くし、投票率が低くなっているのではないでしょうか。

 そこで、このような民主主義政治の停滞から脱出するにはどうすればよいのか、検討する必要があります。その答えは、上でみた選挙制度にかかわる問題をそれぞれ解決することですが、それは、改革の意欲がなければ進まないはずです。しかし、選挙の時期にいつも頭に浮かぶのは、「漫然と旧弊を踏襲するかぎり、何も新しいことは生まれやしない」ということばです。そこで、旧弊を脱した選挙制度改革への道筋を考えてみることにします。

 まず、選挙制度は、憲法理念を具体化した公職選挙法に定められており、それを改正することが改革の基本手順です。したがって、立法機関の担い手である国会議員が改革の主体となって進めなければなりません。これは、いうまでもないことですが、実は、70年余りの日本国憲法の過程で、改革の主導権は、官庁(現在の総務省、その前身の自治省)が握っていて、選挙制度審議会(その前身は選挙制度調査会)という選挙制度改革のための機関では、政党間の利害対立調整のための論議が先行して、基本理念に基づく具体的制度化の道には進みませんでした(注4)。そうであるがため、改革が進まないことに注目せねばなりません。

(注4)もっとも、この決めつけには異論が生じ、それに対して詳論せねばなりませんが、ここではその余裕がないので、この大筋論を示すにとどめます。

 はなしは、選挙制度一般に及んでしまっているので、ここで、今回の自治体の選挙制度に焦点をあてることにします。実は、近年の地方自治法の改正により、自治体は、自ら条例によって、議会の議員定数を定める権限をもつこととなっています(地方自治法90および91条参照)。これは、自治体が自主組織権を拡充し、自律的決定権を発揮できることになったわけです。しかし、公職選挙法による選挙運動の規制が残っているから、魅力ある選挙の実施が直ちに生まれるわけではないのですが、自分たちのことは自分たちで行うという民主主義の理念が実現しやすくなっていることは確かです。そこで、自治体の選挙制度改革のための具体案を検討するよう期待します(注5)。

(注5)世田谷区のような議員定数が大きなところでは、その数全部を記入する投票が困難ですから、小選挙区の区割りにする、あるいは、大選挙区にして各区に数人の定数を当て、その数だけ投票をする、さらには、区割りでなく比例代表方式にして各政党各派や団体組織などが候補者名簿を作成して提示するなどといった改革案が考えられます。これについては、十分議論を重ねる必要があります。それが面倒だからと、旧弊を踏襲する限り、民主主義政治の停滞がつづきます。なお、コンピュータ技術を使った投票方法の導入も検討に値します。

■筆者後記
冒頭の写真は、梔子(くちなし)の花です。その花弁の白さは、純粋の白さで、選挙もおよそ濁りのないその花弁のようであって欲しいとの願いを込めて掲げました。 

(編注:写真は筆者撮影)

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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