探偵ほど謎に包まれた職業も珍しい。フィクションでは身近な存在だが、現実にその姿を見ることはない。依頼者でさえ、現場の探偵の姿を見ることはないという。
森秀治(もり ひではる)さんの著書『探偵はここにいる』(駒草出版)は、探偵業界のリアルに迫るノンフィクション。著者が探偵9人を取材し、これまでに目にした生々しい現場の数々、そして彼らの半生を語ってもらい、その内容を記録している。
「社会の闇で絡み合った複雑で猥雑な糸をほどく探偵の活躍は、現実に起こっていることだけに、面白くもあり、驚きも含まれていた」
本書は、探偵業界にまったく無縁で生きてきた者としては「へえ!」と思うことばかり。
なんと、持ち込まれる依頼のほとんどが浮気調査。ひと昔前は妻からの依頼ばかりだったが、ここ数年は夫からの依頼も多いそう。女性の浮気が増えたのは、共働きが増えたからではないかと、ある探偵は見ている。
そして、探偵の仕事は「追う」「撮る」「割る」に大きく分けられるという。
「『追う』とは、調査対象者を尾行すること。『撮る』とは、浮気の証拠動画を撮影すること。そして『割る』とは、浮気相手の顔や名前、住所、勤務先などを割り出すことをいう」
ちなみに、尾行する相手を「対象者」と呼ぶ。最初の尾行対象者は「第一対象者(業界用語でイチタイ)」、第一対象者に愛人がいた場合、その愛人は「第二対象者(ニタイ)」となる。
調査のじつに約8割が張り込みという。何時間もひたすら待ち続けるうちに、気が抜けることも。朝早くから夜遅くまで張り込んで何も動きなし、という日もよくあるそうだ。
ここで調査の一例を紹介しよう。
依頼者は52歳の専業主婦。依頼内容は、夫の浮気調査。結婚して20年以上になるが、これまで浮気を疑うことはなかった。
ところが、3ヵ月ほど前から夫の様子がおかしい。毎週木曜だけ、帰宅が遅くなったのだ。理由を聞いても「仕事」という。しかし、妻は「本当だろうか?」と訝しんだ。「こういうときの女性の勘は鋭い」のである。妻は探偵事務所に調査を依頼した。
木曜の午後4時半。探偵たちが夫(イチタイ)の勤務先を張り込む。退社時刻になり、イチタイが表口から出てくると、尾行を開始。最寄り駅に着き、改札を通り、イチタイは電車に乗った。
イチタイがスマホをいじり出したところで、探偵は指先にはめ込んだ超小型カメラでスマホ画面を撮影。「今向かっているよ」「早く会いたいね」というLINEメッセージが鮮明に写った。そして、イチタイが○○駅で下車。改札を出たところで、イチタイに近づいてくる女性が現れた――。
これは明らかにクロである。気になる浮気調査のつづきは、本書をお読みいただきたい。
「いっときの快楽、まやかしの愛、刹那的な愛欲、まがいものの多幸感......。偽物だとわかっていても、誰もが麻薬的に求めてしまう。(中略)『バレなければいいか』という言い訳を自分にして、同じ過ちを繰り返す」
本書では、探偵業界の実態、調査の手順、探偵になった経緯、探偵ならではの悩みが、9人の探偵の口から語られる。極秘情報を覗き見しているようでゾクゾクした。
9人の中には、自分の性癖を弁解するかのように対象者を追う探偵、依頼者に深く関わりすぎて精神的に追い込まれないように苦心する探偵などもいた。
「フィクションの世界のような完全無欠のヒーローではなく、さまざまなことに悩み、苦しみ、もがいている一人の人間だった」
最後に、コロナ禍の影響も書いている。ある探偵社では、昨年5、6月の依頼件数は例年の半分にまで減少。8月には8割まで戻ったという。
仕事の仕方にも変化が。たとえば「面(顔)が撮れない」こと。マスクをしているため、目から上しか撮影できないのだ。また、これまで不倫デートは外食→ホテルが王道だったが、ホテルに直行するケースが増えた。部屋にこもりっきりのため、顔を撮影できる機会が減ったという。
追われる調査対象者と追う探偵。両者の見えない駆け引きは、コロナ禍でも繰り広げられているようだ。探偵の存在が、ますますリアリティを帯びてくる。
「探偵の仕事は、人の恥部や暗部を盗み見ることでもある。(中略)人の裏側を日常的に見ている探偵の目を通して、生々しい人間の営み(中略)に迫りたかった。心の奥部に居心地の悪いシコリが残ったら幸いである」
■森秀治さんプロフィール
1976年生まれ。京都府出身。神戸大学理学部物理学科卒業、神戸大学自然科学研究科地球惑星科学専攻修了。出版社勤務を経て、現在はフリーランスの編集者&ライター。ビジネス書、自己啓発書、自然科学書を中心に、数多くの書籍制作に携わる。森まりも名義で著書『仕事の壁にぶつかった僕に、たとえば宇宙人なら何を教えてくれるだろう?』(大和書房)がある。
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