「殺す方か、殺される側か。次は、あなたかもしれない」――。
ノンフィクション作家・石井光太さんの著書『近親殺人―そばにいたから―』(新潮社)は、実際に起きた7つの事件が問いかける「他人事ではない家族の真実」に迫る1冊。
タイトルを見て、一瞬小説かと思った。しかし、本書で取り上げる事件は、著者が実際に裁判を傍聴したり、現場に足を運んで話を聞いたりしてまとめたもの。
「日本の殺人事件の半数以上が親族間で起きており、近年その割合は特に高まっています。その背景には、老老介護、経済格差、8050問題、精神疾患治療等の問題があり、コロナ禍や超超高齢化の時代において、それはさらに顕著なものになると考えられています。本書ではこれらを『近親殺人』と名付け、事件ルポを通して、ニューノーマルの中での家族の在り方、問題の向き合い方について掘り下げました」
日本では、殺人事件の認知件数は1954年の3081件をピークに少しずつ減少し、2013年には初めて1000件を下回った。近年は800~900件台で推移しているという。
ところが、家庭内を主とした親族間での殺人事件の件数は、ここ30年ほど400~500件台と変わっておらず、割合としては高まっているというのだ。著者が分け入ったのは、この「家族の闇」である。
■目次
はじめに――家族に殺される
1 まじ消えてほしいわ <介護放棄>
2 父は息子の死に顔を三十分見つめた <引きこもり>
3 ATMで借りられなくなったら死ぬしかない <貧困心中>
4 あいつがナイフで殺しにやってくる <家族と精神疾患>
5 元看護師の妻でさえ限界 <老老介護殺人>
6 夫の愛情を独占する息子が許せない <虐待殺人>
7 母は、妹と弟を殺した <加害者家族>
解説
「まじ消えてほしいわ」とLINEで罵り、同居していた病弱の母親を放置し、餓死させた姉妹<介護放棄>。首を締め殺した引きこもりの息子の死に顔を30分もの間見つめていた父親<引きこもり>。
ATMでお金をおろせなくなり「死ぬしかない」と思い詰め、心中したタクシー運転手と老母<貧困心中>。「殺さなければ殺される」とばかりに追い込まれ、鬱病の姉にとどめを刺した家族<家族と精神疾患>。
真面目さがあだとなり、寝たきりの夫を殺した元看護師<老老介護殺人>。「夫の愛情を独占するのが許せない」と、幼いわが子を高層階から投げ落とした若い母親<虐待殺人>。異母きょうだいを殺した母親との関係に苦しむ、加害者でも被害者でもある娘の慟哭<加害者家族>。
新潮社公式サイトでは、本書の「はじめに――家族に殺される」を試し読みできる。
2019年6月1日、午後三時半頃、警視庁通信指令センターの110番通報の着信が鳴った。年老いた男が狼狽するような口調で言った。
「息子を(包丁で)刺し殺しましたので、自首したい。長い経緯があるのですが......。何回も刺し、殺しました。もう動かないです。三度くらい殺されそうになりまして......」
電話をかけたのは、農林水産省で事務方トップの事務次官を務めた経歴をもつ熊澤英昭(76歳)。世に言う「元農水事務次官長男殺害事件」の第一報だった。
熊澤は、世間的には華々しいエリートだった。しかし、私生活では「引きこもりの長男のことで悩む一人の父親」だったのである。
長男は、大学中退後に引きこもり同然の生活をはじめ、家庭内暴力を振るうように。40歳を過ぎても、言動は落ち着かなかった。事件の少し前、熊澤と妻は体中アザだらけになっていた。そして、あの事件は起きた――。
コロナ禍では、家庭内暴力、児童虐待、介護ストレスがますます増えていると聞く。「コロナ収束後の『ニューノーマル』という新しい生活形態や世界に類を見ない少子高齢化の時代においては、家族の問題はますます大きくなるだろう」と、著者は見ている。
「人はどんな理由から家族を殺すのか。事件が起こる家庭と、そうでない家庭とでは何が違うのか。この問いに対する答えを、実際に起きた事件の中からあなた自身に見つけていただきたい」
大切なはずの身内を手にかける「近親殺人」。その時、家族に何が起こっていたのか。家族と過ごす時間が増えた今こそ考えたい。
■石井光太さんプロフィール
1977年東京生まれ。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。ノンフィクション作品に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『こどもホスピスの奇跡』など多数。また、小説や児童書も手掛けている。
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