千葉県野田市で小学4年生の女児が死亡した虐待事件の初公判が、今月(2020年2月)21日開かれ、改めて父親による虐待ぶりが浮き彫りになった。2018年度、児童相談所への児童虐待の相談件数は15万9850件にのぼり、前年度から2万6072件増えて、過去最多を更新した(厚生労働省調べ)。なぜ虐待や育児困難は増えるのか。本書『育てられない母親たち』(祥伝社新書)は、リアルな24の事例をもとに、その社会病理を明らかにした本だ。
著者の石井光太さんは、国内外の貧困、事件などをテーマにするノンフィクション作家。BOOKウォッチでも、社会から切り捨てられ置き去りにされた子供たちを取材した『漂流児童』(潮出版社)などを紹介している。
石井さんは子供への虐待を4つに分類している。
・身体的虐待 保護者が子どもに対して肉体的な暴力行為を行う ・性的虐待 保護者が子どもに対して性的な行為を強要する ・心理的虐待 言葉で罵ったり、家庭内暴力を見せたりする ・育児放棄(ネグレクト) 保護者が子どもの面倒をみずに放っておいてしまう
石井さんは、取材体験から、虐待を行う親が抱えている問題は一つではなく、「いろんな問題」を複数抱えている、と指摘する。たとえば、として次のような問題を挙げている。
「親にきちんとした子育てができる経済的な余裕がない、核家族で周囲と完全に孤立している、親子の言語が異なっていて意思疎通ができない、親がドラッグやアルコール依存症になっている、行政に助けを求められない事情がある、精神疾患を発症している、親や子供に知的障害や発達障害がある、風俗など違法な仕事をしている......。」
本書は8つの章からなる。
「第一章 虐待にいたる道のり」「第二章 育て方がわからない」「第三章 この子さえいなければ...」「第四章 心と体の疵(きず)」「第五章 ポイズン」「第六章 星の下に」「第七章 子供が歩く路」「第八章 救いの手はどこに」。それぞれいくつかのケースを取り上げている。原則として仮名で、地名も伏せているが、驚くような事例が並んでいる。
たとえば、ケース5「妊娠依存症」。正式な疾患名ではないが、特別養子の支援をする一部の人たちの間で生まれ、つかわれている造語だ。「ホルモンが及ぼす幸福感や、優しくされる環境に喜びを見出して、育てるつもりもないのに、何度も妊娠する」人を指す。
本書では風俗店で違法な行為を繰り返し、そのたびに妊娠、出産。4人の子供は全員、特別養子に出した例を紹介している。サポートした民間団体によると、一人のシングルマザーが最高8人出産したケースがあるという。まったく責任感や罪悪感がないまま子供を産んで手放すということを繰り返しているのだ。
レイプで妊娠した子、病んだ母と子の共依存、毒親の支配、暴力団家庭など、本書に登場する例は、どれも問題が絡み合い、どこから手をつけたらいいか分からない。
精神疾患や家庭環境など複合的な問題を抱えた親は、育児困難に陥ったり、虐待をしたりして、最終的に子供を手放すことになる。日本には実親の元で暮らせない子供が約4万人いるという。親族が引き取れない場合、全国の児童福祉施設やNPOなどが保護する。
親と子がふたたび一緒に暮らすことを「再統合」と呼ぶが、その難しさを指摘している。ある施設の職員の言葉を引用しよう。
「家に帰ることのできる子は一握りです。うちの場合だと、年に一人いるかどうかというところですかね。そのため、私たちとしては、あえて再統合に目標を設定しているわけではありません。(中略)むしろきちんと距離をとって生きていける方法を身につけさせようということを目指しているのです」
しかし、施設を旅立った後の現実は厳しいようだ。この施設の卒業生50人ほどのうち、25歳以上できちんとした仕事をして生きている人は数人しかいないという。8割から9割は、水商売や日雇い労働を転々としながら、やがて連絡が取れなくなってしまうそうだ。
本書は最後に、特別養子縁組による解決を紹介している。主に6歳未満の子供が対象となり、裁判所を介して実親との法的な親子関係を解消し、養親に引き渡す制度だ。戸籍の「父」「母」の欄に養親の名前が記載され、ほぼ実子として育てられるのが特徴だ。
BOOKウォッチでは、いわゆる「毒親」についての本を何冊か紹介してきた。『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』(明石書店)や『「毒親」の正体』(新潮新書)だ。PVも多く、読者の関心の高さを示している。
本書でも、母親が覚せい剤の密売で生計を立てている家庭のケースが出てくる。娘は中学を出ると、スナックで働かされ、給料もほとんど取り上げられ、その金は母親の覚せい剤に消えた。その後、娘は子供を産んだが、生活保護費も母親に取られ、やがて育児放棄になり、子供を施設に預けた。大人になっても支配構造から抜け出すことが出来ず、これは毒親によって、その子供が育児困難を引き起こす典型的な事例の一つだという。
ここに出てくる24のケースはどれも原因は複合的だ。読み終わると気が重くなり、救いはないような気がしてくる。石井さんは、「当事者や関連機関だけでなく、保育園、学校、会社、肉親、近隣住民など周辺にいる人々みんなが問題を正しく理解し、それぞれの立場から支援していくという」多方面からの支援を呼び掛けている。
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