コロナ禍に襲われた2020年。BOOKウォッチでは数十冊の関連書を紹介してきた。中でも早い段階から取り上げてきたのが、感染症と世界史や日本史との関わりを解き明かした本だった。人類の歴史は感染症との闘いの歴史でもあり、歴史上の大事件の背景には感染症が絡んでいたことが少なくない、などが強調されていた。
『世界史を変えた13の病』(原書房)は、西洋社会で嫌われる「13」という数字をタイトルにしている。腺ペスト、天然痘、梅毒、結核、コレラ、ハンセン病、腸チフス、スペイン風邪、ポリオなどの病名が並んでいる。「ローマ帝国を崩壊させた感染症」についても報告されている。
『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)は、40億年の地球環境史の視点から人類と対峙し続ける感染症の正体を探っている。私たちは、過去に繰り返されてきた感染症の大流行から生き残った「幸運な先祖」の子孫だという。2018年刊だが、「感染症の巣窟になりうる中国」と、今日のコロナ禍も予告していた。
このほか『感染症とたたかった科学者たち』(岩崎書店)、『人類と病』(中公新書)なども世界史レベルで感染症の歴史を振り返る。読みやすくまとめられたものでは、『人類は「パンデミック」をどう生き延びたか』(青春文庫)や『イラスト図解 感染症と世界史 人類はパンデミックとどう戦ってきたか』(宝島社)などもある。大著『暴力と不平等の人類史―― 戦争・革命・崩壊・疫病』(東洋経済新報社)も「疫病」を扱っている。
『病が語る日本史』 (講談社学術文庫)や『感染症の近代史』(山川出版社)、『天変地異はどう語られてきたか――中国・日本・朝鮮・東南アジア 』(東方選書)、『江戸幕府の感染症対策――なぜ「都市崩壊」を免れたのか』(集英社新書)などは日本史を軸にしている。あまり知られていない話が多数出てくるので、日本史ファンにも読み応えがある。
『猛威をふるう「ウイルス・感染症」にどう立ち向かうのか』(ミネルヴァ書房)、『知っておきたい感染症―― 21世紀型パンデミックに備える』 (ちくま新書)、『ウイルスは悪者か』(亜紀書房)、『ウイルス大感染時代』(株式会社KADOKAWA)、『世界を変えた微生物と感染症』(祥伝社)などは、ウイルスについての解説が詳しい。
過去の感染症に関する本の中で「白眉」といえるのが、『流行性感冒――「スペイン風邪」大流行の記録 』(東洋文庫)だ。約100年前、世界で数千万人の命を奪ったというスペイン風邪について、直後に日本国内での被害状況や対応を総括した公的文書だ。内務省衛生局が作成した。原本は大正11(1922)年の刊行。その後、入手困難となっていたが、2008年に平凡社の「東洋文庫」に収められた。
当時の保健衛生の担当者たちが、未知の病だった「インフルエンザ」というものにどう立ち向かい、核心に迫ろうとしていたか、その苦労と意気込みがひしひしと伝わってくる内容だ。すでに「飛沫の拡散」や「マスク」についても細かく記されている。海外の研究成果や使用例、実験結果なども参考に概略以下のようなことが出ている。
・粗製並製の「ガーゼ」のマスクは防御効果なし。 ・談話の際に菌は四尺先まで飛んでいる。患者周囲の危険界は四尺。 ・咳嗽(咳、くしゃみ)では十尺先まで飛ぶ。咳嗽患者周囲の危険界は最短十尺。 ・マスクを使用することで、他の伝染経路(手の汚れ、不衛生な食物)をなおざりにする傾向がある。 ・内輪の集まり(会社の事務室、友人間の社交的な会合等)ではマスクを取り外す者が多い。
ガーゼへの吹き付け実験結果も出ている。ガーゼ2枚だけだと、菌が2680個残った。8枚でも850個。ガーゼ2枚に脱脂綿一枚だと191個に減った。今後使用するマスク素材について、素材ごとの一平方インチ当たりの繊維数についても細かく定めている。使用繊維数に応じて、「病人用」「非病者のみの着用の場合」などの区分けもされている。当時の科学で解明できた事実をもとに、より精度の高い防衛策を試みようとしていたことがわかる。巻末には各県の罹患者、死者の一覧も掲載されている。職業別もある。
今回のコロナ禍について役所が総括文書を作るときに、大いに参考になりそうだ。「巻頭言」からも、当時の担当者の意気込みが伝わってくる。
本書は図書館で見つけてBOOKウォッチで紹介したが、当時は品切れ・重版未定、ネットの古書相場では超高値の取引になっていた。その後、ほどなく重版された。
同書のほかにも、コロナ禍で、復刊や重版された関連書は少なくない。『コレラの世界史』(新装版、晶文社)もその一つだ。原本は1994年刊。日本人の学者が、人類史上の大きなテーマに正面から向き合い、多数の資料を参照しながら大作としてまとめ上げた稀有な本だ。「あとがき」で著者の見市雅俊・中央大学名誉教授は恩師や環境に恵まれたことに感謝している。昨今、こうした地道な学術研究に対しては予算配分が厳しくなっていると伝えられているだけに、貴重だ。
『病魔という悪の物語――チフスのメアリー』(ちくまプリマー新書)は 2006年の刊行。いわゆる「健康保菌者」の問題を扱っている。本人は全く無症状だが、結果的に次から次へと感染を広げ、人生の大半を隔離施設で過ごすことを強いられた米国女性の物語だ。
今年5月に復刊。BOOKウォッチでは2020年6月14日、「『無症状』の有名患者『チフスのメアリー』知ってる?」という見出しで紹介したが、同16日には朝日新聞の「天声人語」、7月11日には朝日新聞と毎日新聞の読書面でも取り上げられ、同月に4刷になった。著者の金森修さんは1954年生まれ。専門は科学思想史・科学史。東京大学大学院などで教えていたが、2016年に死去している。泉下で増刷を喜んでいることだろう。
『感染症の中国史』(中公新書)も2009年の刊行だが、今年4月に4版が出た。
新型コロナウイルスについては、今もって感染源がはっきりしない。当初は野生動物由来と言われていたが、否定するような見方も出ている。米国が、中国のウイルス研究所からの流出を主張したこともあるし、逆に中国が「米軍持ち込み説」を言い出したりもした。WHOのレベルでは「人工」は否定されているようだ。
関連書としては『陸軍登戸研究所〈秘密戦〉の世界――風船爆弾・生物兵器・偽札を探る』(明治大学出版会)がある。戦前の日本で行われていた「秘密」の軍事研究について解説したもの。その中には生物兵器の一つ、ウイルス兵器の研究もあった。
研究所の第一科では風船爆弾、第二科では生物兵器などの研究が行われていた。風船爆弾に生物兵器を搭載し、ばらまこうとしていた。
生物兵器は動物用と植物用の二種類が研究されていた。動物用は牛疫ウイルスの兵器化。牛疫とは牛を死亡させる伝染性の強い感染症だ。満州で採取した牛疫ウイルスを培養し、粉末化して風船爆弾に入れて米国に送り込み、畜産業に打撃を与えることを狙った。実際の実験は朝鮮総督府家畜衛生研究所がある釜山郊外で行われ成功、1944年9月の検討会で20トンの牛疫粉末病毒を風船爆弾に搭載すれば、米国の畜牛に大打撃を与えることが確認された。しかし、作戦は実行されなかった。すでに戦況が悪化、実際に使った場合、逆に米軍に生物化学兵器で報復されることを恐れたためだ。
『牛疫』(みすず書房)は、生物兵器として世界のあちこちで研究されていた牛疫のことを扱っている。日本の上記研究に付いても詳細に言及されている。著者のアマンダ・ケイ・マクヴェティ氏は米国の歴史学者。訳者の山内一也さんは国立予防衛生研究所室長などを歴任したウイルスの権威だが、牛疫が、これまで想像もしなかった形で、国際関係の歴史に深く関わってきたことを初めて知った、と記している。ちなみに人類が根絶に成功した感染症は、天然痘と牛疫だけだという。
フィクションでは小松左京の『復活の日』(角川文庫)を取り上げた。謎の感染症で人類が絶滅の危機に瀕するというSFだ。原作は東京オリンピックに沸いた1964年に刊行され、80年には映画化された。海外でのタイトルは、ずばり「Virus(ウイルス)」だった。半世紀以上前に、人類がやがて直面する「惑星的な危機」について、文学者として正面から取り組んだ小松の先見性には改めて敬服するしかない。
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