8月28日(2020年)に、持病の潰瘍性大腸炎が再発し、「国民の負託に、自身を持って応えられる状態でなくなった」として、総理大臣を辞任する意向を正式に表明した安倍晋三氏の決断は、多くの国民を驚かせた。通算在職日数が桂太郎(2886日)を抜いて歴代1位となった安倍氏だったが、突然の辞任の裏に何があったのか? 今後、検証する本の出版が待たれる。
自民党の総裁選で派閥の合従連衡の結果、無派閥で「たたき上げ」の菅義偉氏(前官房長官)が自民党総裁に選出され、菅氏は9月16日、第99代首相に就任した。
官房長官時代に「黒子」に徹して安倍政権を支えてきた菅氏にかんする著作は少ない。ジャーナリストの松田賢弥さんの『したたか 総理大臣・菅義偉の野望と人生』(講談社文庫)がすぐに出版されたが、これは2016年に刊行された『影の権力者 内閣官房長官菅義偉』(講談社+α文庫)を改題、新装刊したものだ。
雪深い秋田の生地を訪ね、満州に渡った両親と戦後の一家について書いている。官房長官時代に息をひそめていた菅氏について、松田さんは以下のように見ていた。
「菅は安倍をも乗り越える権力を握ることをじっと胸の奥で滾らせているのではないだろうか。そうでなければ、豪雪の秋田から上京し紆余曲折の末、政治の世界に飛び込んだ菅自身の這い上がってきた人生は完結しないように思えるのである」
果たして、その通りの人生行路となった。
愛読書として紹介された、コリン・パウエル氏(元米国務長官)の『リーダーを目指す人の心得』(飛鳥新社)も話題になった。
8月10日に発行された『長期政権のあと』(祥伝社新書)は、政権交代を予想していたかのようなタイミングに驚かされた。作家で元外務省主任分析官の佐藤優さんと法政大学教授の山口二郎さんが、憲政史上、最長となった安倍政権について、なぜ長期政権となったのか。そして長期政権のあとにはどのような事態が出来するのか、徹底的に語り合った本だ。
対談そのものは昨年暮れから行われたというから、かなり前から周到に準備していたようだ。
佐藤さんは自民党の次の総裁として、「党内をまとめられる人物が思い浮かびません」と書いていた。岸田文雄氏と石破茂氏の名前を挙げているが、菅義偉官房長官にはふれていなかった。「短命政権がいくつか生まれて、混乱の時代が続きます」と予想している。
山口さんは、「確実に言えるのは、安倍政権がいつ終わっても、また誰に代わっても、次の政権は経済対策に全力を傾けなければならないことです」と書いていた。
コロナ禍で「Go To トラベル」政策を立案、継続してきた菅政権について、今どう評価しているのだろうか?
菅政権は「アベノミクス」を始めとした前政権の主要政策の継続を掲げてスタートした。『ドキュメント 強権の経済政策――官僚たちのアベノミクス2』 (岩波新書)は、時事通信社記者から帝京大学経済学部教授に転進した軽部謙介さんの著書。前著から継続して「アベノミクス」をウォッチしている。
中立的かつ抑制気味のスタンスで政策プロセスを記録しているのが特徴だ。「アベノミクス」について評価が分かれるが、こうした立場の本は貴重かもしれない。
安倍政権時代は「ネトウヨ」と呼ばれる安倍氏のサポーターの存在がネットで注目された。早くもその総括をする本が『保守とネトウヨの近現代史』(扶桑社新書)である。
著者の倉山満さんは、憲政史研究者。民主党に投票した普通の人が、「保守」「ネトウヨ」に大量流入したという指摘が新鮮だった。背景には、民主党政権の失態に韓国批判が加わったと見ている。嫌韓本ブームが起こり、「保守」にはアメリカ、ソ連、中国に対するコンプレックスがある。「他の誰に負けても、貴様だけには負けない」という情念がブームの原動力になったと倉山さんは見ている。そして、以下のように総括している。
「歴史家は安倍政権を長いだけで何もできなかった政権と断罪するだろう。そして、そんな安倍晋三にぶら下がっただけの『保守』『ネトウヨ』など、日本の歴史から忘れ去られるだろう。」
安倍政権で続いた公文書の改ざんや隠蔽。その状況を現在進行形の形で報告していたのが、『公文書危機――闇に葬られた記録』(毎日新聞出版)である。
冒頭で「桜を見る会」が取り上げられている。そこに安倍首相の後援者たちが大量に招待されていたという疑惑が持ち上がった。昭恵夫人の単なる知人らも含まれていた。国会でも問題になった。真相解明のカギを握るのは、招待者の名簿だが、政府は会が終わった直後に廃棄したという。
誰しもそんなことはないだろうと考える。私的な行事ではないからだ。毎回廃棄していては、翌年の招待者名簿を一から作り直さなければならなくなる。
というわけで毎日新聞の取材班が動き出した。とりあえず、霞が関の各官庁関係者に聞いて回る。実際に、過去に「桜を見る会」の招待者の人選に関わったことがあるという国交省の職員の証言を得た。各省庁とも所管業務から「ふさわしい人」を真剣に選んで内閣府に推薦している、したがって「廃棄」という政府の説明は「信じられない」と首を傾げる。
国会でさんざん議論になったものの、尻すぼみ。このまま終わってしまうのだろうと大方の人が受け止めていたと思われる。ところが、検察は執念深かった。『安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル』(文藝春秋)を読むと、その背景が分かる。
東京地検特捜部が、安倍晋三前首相の公設第1秘書を聴取、立件する方針だという。12月3日には、安倍前首相自身にも任意の事情聴取が要請されていると、大手メディアが立て続けに報じた。にわかに風雲急を告げる事態になってきた。12月22日には、東京地検特捜部が、安倍晋三前首相を任意の事情聴取をしていたことが明らかになった
安倍氏と菅氏の間に亀裂がある、と面白おかしく書く雑誌メディアもあるが、書籍レベルではまだない。年明けにはそうした本も出るのだろうか。
「安倍一強」の後は「菅一強」の様相だ。自民党内からも少数意見は聞こえにくくなっている。官僚も官邸に人事を握られ、保身に走らざるを得ない。まっとうな記事を報じたいと考える政治部記者の取材は、依然として制約やリスクの多い息苦しい状態が続くのではないだろうか。
そう思わせるのが、『政治部不信――権力とメディアの関係を問い直す』 (朝日新書)である。著者の南彰さんは朝日新聞政治部記者。18年秋から新聞労連に出向し、中央執行委員長を務め、職場に復帰したばかりだ。
東京新聞の望月衣塑子記者との共著で『安倍政治――100のファクトチェック』 (集英社新書)などの著書がある。
官房長官時代からの堅いガードを固める菅首相。日本学術会議の任命問題、「Go To トラベル」継続についても、報道機関の追及は決して厳しいとは言えない。
菅政権とそのモデルとなった安倍政権について、来年はその功罪を正面から問う報道と書籍の刊行を待ちたい。
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