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検察と政権の「ニュー・ノーマル」が始まった!

安倍・菅政権vs.検察庁

 検察と政権の間に、緊張感が増している。検察が政権内部に手を突っ込み、揺さぶっているかのような事案が続発しているのだ。

 本書『安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル』(文藝春秋)はその背景を少しさかのぼりながら丁寧に解説する。著者のジャーナリスト、村山治さんは、敏腕の検察ウォッチャーとしてマスコミ業界ではよく知られた人だ。

安倍前首相も聴取される?

 「桜を見る会」――。国会でさんざん議論になったものの、尻すぼみ。このまま終わってしまうのだろうと大方の人が受け止めていたと思われる。ところが、検察は執念深かった。東京地検特捜部が、安倍晋三前首相の公設第1秘書を聴取、立件する方針だという。それだけではない。12月3日には、安倍前首相自身にも任意の事情聴取が要請されていると、大手メディアが立て続けに報じた。にわかに風雲急、という感じだ。

 さらには同時進行で、吉川貴盛・元農林水産相に関しても、疑惑が浮上した。在任中に鶏卵業者から500万円の資金提供を受けていたが、政治資金収支報告書には記載されていないというのだ。

 資金提供した業者は、すでにこの7月、選挙に絡んだ買収事件で逮捕された河井克行衆院議員、河井案里参院議員の関係先として家宅捜索を受けているという。

 「桜を見る会」は読売新聞が先鞭をつけ、「吉川元農水相」は各社が報道を競っているようだ。どうやら政権と検察、そして大手マスコミも含めた関係が、仕切り直しされつつある。コロナとはちょっと違うが、政権にとっては「ニュー・ノーマル」が始まっている。

「2016年」に起きたこと

 どうしてこのような状況になってきたのか。著者はその淵源を「2016年」に求める。

 16年夏、安倍政権は、法務省が策定した人事案を蹴り、法務事務次官に林眞琴・刑事局長ではなく、黒川弘務・官房長を登用した。法務省の人事案では、法務事務次官に林氏、黒川氏は地方の高検検事長に転出させることになっていた。

 ところが菅官房長官は、黒川氏を事務次官に昇任させるよう強く求めたという。法務省の人事案が官邸の意向で覆るのは前代未聞だった。「検察人事の政治からの独立」に黄信号が灯った瞬間であり、「すべてはここから始まった」と著者は強調する。「政治と検察の関係における歴史的な転換の始まりだと受け止めた」という。

 法務事務次官は法務大臣を補佐する事務方のトップ。最近8人のうち7人が、法務事務次官から東京高検検事長を経て検事総長に就任している。法務・検察の人事案は先々の「林検事総長」を内外に周知しようとするものだったが、官邸の介入でその目論見は崩れた。逆に政官界の多くは「黒川氏が検事総長候補の最右翼」と受け止めることになった。

 黒川氏は官房長在任が5年に及んでいた。うち4年間は安倍政権だった。それゆえ、「安倍の色がついた」と周辺から見られていた。検察・法務首脳は、黒川氏が「政治に近い」ということを懸念していた。

賭けマージャンで辞職

 その後の展開はよく知られている通り。安倍政権は20年1月、法解釈を変更して、すでに法務事務次官から東京高検検事長に転じていた黒川氏の定年を延長し、「黒川検事総長」を実現しようとした。しかし、検察OBや世間から猛烈なブーイング。黒川氏は緊急事態宣言のさなかに賭けマージャンをしていたことが報じられて、辞職。結局7月に「林検事総長」になった。そして現在の緊迫した状況がある。

 検察と政治の異様なこの数年の関係を再確認するという意味で、本書は司法、政治、官僚、マスコミ関係者だけでなく、多くの国民にとって有益だ。「検察は、政権のものでもなければ、検察首脳のものでもない。国民の共有財産である」という本書の言葉をかみしめたい。

 村山さんは16年秋以降、この問題を「法と経済のジャーナル」で何度も書いていた。本書は、月刊「文藝春秋」の18年4月号に掲載した「検察激震『官邸介入人事』の全貌」なども含めて、再取材してまとめたものだ。

 村山さんは1950年生まれ。早稲田大学政経学部卒。毎日新聞大阪、東京社会部で「薬害エイズキャンペーン」や連載「政治家とカネ」(89年の新聞協会賞)に携わる。91年、朝日新聞社に「移籍」。バブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。2017年11月からフリーランスに。著書に『特捜検察vs.金融権力』(朝日新聞社)、『市場検察』(文藝春秋)、『小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争』(朝日新聞出版)。共著に『ルポ 内部告発』(朝日新書)、『バブル経済事件の深層』(岩波新書)など。

 検察関連の多数のスクープで、業界内ではあまりも有名な人だ。評者はかつて、村山さんが取材の内輪話をするというので、マスコミ内部の勉強会に出かけたことがある。ところが、村山さんはほとんど何もしゃべらない。司会者が急かすと、ようやくポツリポツリという感じだ。駆け出しの記者時代は、警察や事件取材などが得手ではなく、たいがい記者クラブで本を読んでいたという。「やり手の剛腕記者」というより、「静かな読書家、教養人」という印象だった。

 BOOKウォッチではすでに村山さんの『検察――破綻した捜査モデル』(新潮新書)のほか、『ケーススタディ 日本版司法取引制度』(ぎょうせい)、『会計と犯罪――郵便不正から日産ゴーン事件まで』(岩波書店)、『官邸ポリス 総理を支配する闇の集団』(講談社)、『消えた21億円を追え――ロッキード事件 40年目のスクープ』(朝日新聞出版)、さらには村木厚子さの『公務員という仕事』(ちくまプリマー新書)なども紹介している。

 


 


  • 書名 安倍・菅政権vs.検察庁
  • サブタイトル暗闘のクロニクル
  • 監修・編集・著者名村山治 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・287ページ
  • ISBN9784163912943
 

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