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映画にもなる「官邸」や「内閣情報調査室」の内幕

官邸ポリス

 こんなにもスリリングな本だとは想像していなかった。『官邸ポリス 総理を支配する闇の集団』(講談社)。本書については最近本欄で紹介した『内閣情報調査室』(幻冬舎新書)に出ていたので初めて知った。内調関係者が激怒した本だという。どんな内容かと思って、さっそく入手した。最後まで一気に読んでしまった。

「裏の裏」の話が出て来る

 とにかく最近、マスコミで話題になった事件の「裏の裏」が、これでもかというくらい次々と出て来る。「本書の92%は現実である」というキャッチコピーがついている。一応「小説」なので、素人には直ちに真偽の判断が付かない。著者の「幕蓮」という怪しい名前は偽名で、正体は東大法学部を出て警察庁に入って退職した「元・警察キャリア官僚」なのだという。

 登場人物は政府首脳ら。適当な名前が付いている。「多部敬三・内閣総理大臣」、「須田英臣・内閣官房長官」「瀬戸弘和・内閣官房副長官」「工藤茂雄・内閣情報官」「矢崎雄志・警察庁生活安全局長」「野村覚・警察庁総括審議官」・・・。首相や官房長官あたりは実在人物との類推ができるが、それ以外は良くわからない。

 事例として出て来る「獣医学部新設問題」や、「盛永学園」の「多部敬三記念小学校問題」などは、すぐにあの事件だなとわかる。「東日本テレビ元ニューヨーク支局長の山本記者」についての一件は、世間ではあまり知られていない。しかし、本書ではかなり詳しく書き込まれている。

 山本記者が「強姦で逮捕されるかもしれない」と切羽つまった声で工藤内閣情報官に電話してきたところから始まる。山本は首相と昵懇な「御用記者」。過去に工藤も彼から情報をもらったことがある。しかし警視庁の所轄署ではすでに逮捕状を用意していた。いわば逮捕寸前だったが、内調は警視庁を抑え込み逮捕させないように動く。結局、書類送検となり検察庁は不起訴の判断をする。これが「山本事件」のあらまし。

警察以外の役所はボロクソ

 本書は「官邸ポリス」というタイトルが示すように、「政権を見張りながら隠密裏に支える」警察出身官僚たちが主役だ。公安警備警察出身たちが多い。内閣官房や内調への出向者が軸になっている。「瀬戸が日本国政府を守る裏の司令塔だとすれば、工藤は、そのために情報の収集と工作を仕切るナンバー2」という関係だ。

 本書では「瀬戸」の檄セリフがしばしば登場する。

 「我々は、あらゆる合法的な手段を駆使しつつ、現政権を支え、実質的に、この日本という国を導いていく。そんな唯一無二の存在になっていかなければならない」
「我々が政権の安定のためにすべきは、総理および周辺者を守ること。霞が関をコントロールすること。そして、政敵や反政府マスコミを叩くことだ」

 「山本記者」の件では、検察とのやりとりが興味深かった。「山本」を尾行している人間がいることに内調が気づく。その人間を尾行すると、検察の庁舎に入った。いったい検察は「山本」について何を執拗に追っているのか。検察の極秘内部資料もすぐに内調が入手する。警察と検察の従来の関係でいえば、検察優位のはずだが、ここでは内調=警察優位となっている。

 他の省庁との関係ではもっと露骨だ。財務省、外務省、文科省、防衛省の私服組などはボロクソ。「官邸ポリス」関係者だけの集まりでは、経産省出身の首相政務秘書官の「暴走」「勘違い行動」が徹底的に批判される。

「著者インタビュー」に顔写真なしで登場

 「公僕の中でも最も意識の高い我々こそが、この日本を導いていく」という強いエリート意識で結束した「官邸ポリス」の面々。彼らにとって、本書は好ましい本ではなかったようだ。上述の『内閣情報調査室』 (幻冬舎新書)によると、さっそく書き手探しが始まり、警察庁を中途退職した元キャリア官僚3人が浮上、最終的にその中の一人が有力となったらしい。その人物については現在も行動確認を続け、監視下に置いていると書いてあった。この記述で逆に、本書の内容にかなりヤバイことが含まれていることが理解できた。

 本書では「官邸ポリス」の面々が陰に陽に連携し、時にはダーティワークをこなしながら国家のために行動する姿を描いている。それなのになぜ問題視されたのか。

 ありていに言えば「詳しすぎた」ということだろう。登場人物については、永田町・霞が関の人たちが読めばすぐに推測がつくはずだ。そのセリフたるや、批判されている他省庁の官僚からすれば、我慢できないものがあったに違いない。「反原発バー」にまで顔を出す「奔放な首相夫人」の私的な行動を監視するため密かに尾行していたくだりも出て来る。何重ものセキュリティチェックが施されていて、関係者でも簡単には入れない内閣情報調査室の内部の様子も、実に詳細に描写されている。「山本事件」の隠ぺい工作も、もしこの記述が正しいとしたら、世間に知られたくなかったにちがいない。

 本書のキャッチは「元警察庁キャリア官僚が書いたリアル告発ノベル」。しかし、「プレジデント」2019年3月18日号の「著者インタビュー」に顔写真なしで登場した著者は、「地道に政権を支える警察官僚の姿を描きたかった」「安倍政権がベストと思ってないが『モストベター』」と語り、「告発」のニュアンスは薄い。著者の意図と、出版後のハレーションとはズレがあったようだ。

別件の「捜査関係事項照会」

 上述の「山本事件」の隠ぺいは、「官邸ポリス」が「警察」出身者にもかかわらず、「市民=女性」の人権を守らないという点からも興味深かったが、ほかにも本書には脇道の話でいくつか気になる部分があった。

 一つは、「財務次官のセクハラ」のくだり。次官からセクハラ被害を受けていたテレビ局の女性記者がいると、18年の4月に週刊誌で報じられた。これは事実なのかどうか。「官邸ポリス」が動いて、警視庁が週刊誌の担当記者を割出す。そしてこの記者の通話履歴を携帯電話会社に照会、それにより、テレビ局の女性記者と頻繁に連絡を取っており、セクハラ被害に遭っていたのはこの女性記者だということをつかむ。このとき、通話履歴の照会は、別件の「捜査関係事項照会」で行ったという。

 東京新聞は19年6月1日、改正通信傍受法が施行されることを報じた。これまで必要だった電話会社の人の立ち会いをなくし、警察官だけで盗聴するようになり、乱用の恐れは高まっていると警告していた。上記の週刊誌記者の件が事実に即しているとすれば、すでに「通信調査」についてはルール違反がまかり通っていることをうかがわせる。

 また、チケット不正転売禁止法が6月14日から施行されたが、これについても内調がからんでいるという裏事情が本書で記されている。

 本書を都内の図書館で検索すると、40人以上が順番待ちをしているところもあれば、そもそも置いていないところもある。奇妙な状態になっている。

 6月28日には映画「新聞記者」が公開される。これは東京新聞の望月衣塑子記者の『新聞記者』(角川新書)が原作。しかし映画の内容は、原作から離れ「首相直属のスパイ機関 内調に迫る女性記者」というストーリーになっている。むしろ本書の内容の一端を取り込んだようなものかもしれない。

 一般論だが、諜報・情報活動が旨とすべきは、「秘すれば花」ではないかと思う。功罪は別として、かつての中野学校では「中野は語らず」とされ、組織は存在自体が秘匿、関係者には厳しく箝口令が敷かれていたという。相次ぐ出版物や映画で組織や活動にスポットが当たりすぎるのは、いかがなものかと感じる人は少なくないだろう。「保秘能力」を問われかねない。われわれ一般市民からすると、「情報公開」されて有難いのだが。

 「現在の長期政権のあと、『官邸ポリス』が牛耳る日本は、一体どのような国になるのか!?」という出版元の問いかけを改めてかみしめたいと思った。

  • 書名 官邸ポリス
  • サブタイトル総理を支配する闇の集団
  • 監修・編集・著者名幕蓮 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2018年12月12日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・290ページ
  • ISBN9784065136317
 

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