数々の歴史的な記録を残して28年間の野球選手生活にピリオドを打ったイチローについて、監督、同僚、スポーツ新聞記者などゆかりの28人が語ったのが本書『証言 イチロー 「孤高の天才」の素顔と生き様』だ。編集は別冊宝島編集部。様々なテーマに関して非常に短期間で本をつくることで知られる編集部だが、今回は特に大物の証言者が多くて内容が濃いにもかかわらず、すばやい。これも「イチロー」というスーパースターの引力によるものだろう。
NPB史上初のシーズン200安打、7年連続首位打者。MLBでは首位打者2度、10年連続シーズン200安打。そして日米通算4367安打(日本1278本、米国3089本)......。 日米で数々の金字塔を打ち立ててきた稀代のヒットメーカーというのがイチローだ。加えて「走攻守」そろったという形容句が常について回る。
28年の野球生活に合わせるかのように証言者28人の顔ぶれは多彩だ。「第1章 イチローとICHIROを知る男」では田口壮(オリックス同期入団)、木田優夫(オリックス、マリナーズでともにプレー)、黒木知宏(同い年の好敵手『魂のエース』)、坪井智哉(『イチロー2世』)。「第3章 WBCの栄冠と苦悩」では内川聖一(第2回WBCの盟友)、松中信彦(第1回WBCの4番として世界一に貢献)、西岡 剛(第1回WBC、不動の2番打者)、岩村明憲(WBC連覇のチームメート)、渡辺俊介(WBC連覇を支えた「サブマリン」)。
「第4章 レジェンドOBたちの『イチ論』」では、山田久志(オリックス時代、第2回WBCコーチ)、福本豊(走攻守揃った、"一番・外野手"の先駆者)、立浪和義(大ファンだった中日の"ミスタードラゴンズ")、村田兆治(イチローを叱った「サンデー兆治」)。「第5章 原点――鈴木一朗の素顔」では鈴木宣之(チチロー)、中村豪(元「愛工大名電」野球部監督)、上田佳範(同期で甲子園のライバル)、名和民夫(イチロー担当バット職人)、河野圭太(イチロー出演『古畑任三郎』演出家)、大森一樹(映画『走れ! イチロー』監督)・・・。
「第6章 記者たちが明かす秘話」では 四竈衛(日刊スポーツMLB担当記者)、甘利陽一(スポーツニッポン編集局スポーツ部野球担当部長)、小西慶三(「引退」第一報を打った共同通信記者)が登場する。このラインナップを眺めただけでも、よだれが出そうになるファンが多いのではないか。
とうぜんながら皆がイチローをほめ、驚嘆する。その中ではちょっと毛色の違うコメントが印象に残った。
たとえば村田兆治さんは、もし現役時代にイチローと対戦したら、きっと不愉快な思いをしただろうと笑いながら語っている。
「ゴロを打たせて、討ち取ったと思っても内野安打になる。それで塁に出て、次は盗塁して、二塁、三塁まで行ってしまう。こんな腹の立つことないんですよ。まあ、この部分は"世界の盗塁王"の福本豊さんの時にも経験したけど、明らかに打ち損じた打球で内野安打になるなんて、こんなバカな話はないよね(笑)」
もちろん村田さんは「投手にとって嫌なバッターは、要するにいいバッター」と付け加えている。そしてイチローが中学の時から1年365日、素振りを欠かしたことがないという話を本人から直接聞いたときには驚いた、と振り返っている。「これまでも練習が好きな選手というのは結構いたけど、イチローほどじゃないよね」。
プロの投手から見て、一番怖いバッターは「三振しないバッター」だという。イチローのすごさは三振の少なさにあるとも。「低めの球でも、ヒットにできるし、最低でもカットしてファールにできる。過去にこんなバッターはいませんでしたよ」。
イチローは2019年3月21日のテレビの引退会見で長時間語った。これは実は異例のことだった。じつは「活字媒体によるインタビューは稀で、テレビでの特別番組を除けば、ニュースなどで部分的に報じられるだけだった」と本書は説明する。
我々は「長い間、イチローのことを見てきたが、実はイチローのことをなにも知らないのではないか。不世出のアスリートがなにを考え、なにに迷い、どんな哲学を持ち、どんな素顔の持ち主なのか。そして、なぜこれほど長い間、誰もが驚嘆するような活躍をすることができたのか──」ということから本書の編纂を思い立ったと明かしている。
確かにイチローには「孤高」という形容句が付いて回る。テレビCMでは柔和な表情を見せるが、実際の取材では大変厄介で難しい人だということは、マスコミ関係者の間では有名だ。引退会見では、本人が「(引退後は)監督はない。人望ないから」と言って記者たちから笑いを取っていた。本書では、スポニチの甘利陽一さんが独占インタビュー記事の校正で、一字一句、「てにおは」まで修正が入っていたと振り返っている。もちろんそれは「完璧」を求めるが故だ。
本書では野球関係者による証言が大半だが、イチローには「野球」にとどまらない凄さがあったのではないかと評者は感じている。一つは、その身体美と身体能力。無駄をそぎ落としたハガネのようにしなやかな身体と、ずば抜けた飛翔力。外野守備での芸術的な身のこなしは、芝生の上を舞台に躍動するバレエダンサーのようでもあった。いわゆる「野球選手」とは質的に違う音楽性や美的なパフォーマンス、身体表現があった。
もう一つは「100%パーフェクト」の追求と体現。これはトヨタやソニーなど「日本製」の工業・家電製品と共通する。コンパクトで創意工夫があり機能性に優れて完璧。
米国に住む人から以前、日本の製品は「100%パーフェクト」ということで信頼感が高いという話を聞いたことがあるが、イチローはそうした「日本製品」のクオリティを体現していたようにもと思う。イチローのプレーに「JAPAN」が二重写しになった米国人もいたのではないか。いわば「MADE IN JAPAN」のクオリティ・アイコンでもあったイチロー。その意味でも引退は惜しまれる。
本欄では『野村のイチロー論』(幻冬舎)も紹介している。ノムさんらしい辛口もあるので合わせて読めば参考になるに違いない。
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