ノムさんこと野球解説者の野村克也さん(82)は、50歳まで現役を続けたいと希望しその自信もあったのだが、球団側の圧力を感じ45歳の時に引退を決意したという。今年(2018年)45歳になるイチロー選手は「50歳までバリバリ現役」を目標にしており、日米通算28年目の今季も現役で臨むことを表明している。
ノムさんはこのほど『野村のイチロー論』(幻冬舎)を上梓。「イチローの才能に最初に目をつけたのはこの俺」と胸を張る球界の名伯楽は、自分が突破できなかった壁に挑むイチローに「足と肩さえ現状を維持できれば、十分やれる」とエールをおくる。だが、その一方で、イチローの振る舞いや言動が気に入らず、実は好きではないと述べ、自分が指導していれば...と悔やむのだ。
イチローを「天才」と評価する一方、自らは「凡才」と述べ、現役時代から変わらぬ自虐で対照させた本書の構成は、かつての「対長嶋茂雄」「対王貞治」のボヤキにも似る。それもそのはず...。「記録、野球への真摯な向き合い方、社会的影響力...いずれもイチローはONに勝るとも劣らないと言っていい」とノムさん。会話をしたことすらほとんどないというイチローなのだが、そのすごさを分析してみたくなり本書に取り組んだという。
ノムさんがイチローを最初に見たのは、ヤクルトの監督を務めていた1992年春。同年にイチローが入団したオリックスとのオープン戦でのことだ。試合前の打撃練習が目にとまり、そのバッティングは一流選手になる可能性を感じさせたという。ところが前年のヤクルトのドラフト指名リストにイチロー(鈴木一朗)の名がなかったことに思い当り、球団編成部になぜリストアップしなかったかをといただす。答えは「彼はピッチャーだったので...」。ノムさんは「まったく、スカウトというのはいったい選手の何を、どこを見ているのか...」とボヤくことしきりだ。
1年目から頭角を現すのではないかとノムさんが考えていたイチローだが、その消息を聞かぬまま。翌93年春のオリックスとのオープン戦で同チームにいる知人に尋ねると、のちにイチローのトレードマークとなる「振り子打法」を当時の土井正三監督が気に入らず起用されないという。ならば、とノムさん、さっそく球団を通してトレードを申し込んだが断られたという。交換なのか、金銭なのかといった詳しいことは書かれていないが、成立していれば、日米それぞれの、両国相互の、球史や記録が今とは大きく変わっていただろう。
ノムさんの見立てが間違っていなかたことが94年のシーズンに証明される。プロ3年目のイチローは、オリックスがこの年に新たに迎えた仰木彬監督に抜擢されて大活躍。史上最多の210安打を放ち首位打者を獲得、史上最年少で最優秀選手(MVP)に選ばれた。翌95年は首位打者に加え、打点王、盗塁王も獲得、オリックスのリーグ初優勝の原動力になった。
同年の日本シリーズの相手は野村監督率いるヤクルト。ノムさんにとって今度のイチローとの顔合わせは、その封じ込めが課題だった。だがスコアラーからの報告は「弱点はありません。ある程度打たれるのは覚悟してくだい」というもの。思案したノムさんがとったのは「ささやき戦術」。対イチローの作戦をメディアにどんどん流しイチローに意識させる作戦だ。効果のほどは計りかねているノムさんだが、イチローはささやきの内容を明らかに意識していたようだという。シリーズ終盤には戦術の効果が薄れイチローが打棒を振るったが、時すでに遅し。序盤でイチロー抑え込むことに成功したおかげでヤクルトは4勝1敗で「日本一」を奪取した。
トレードがかなわず、対戦相手になり攻略に手を焼かされることになったイチローについてノムさんは、その高度な能力に対しては賛辞を惜しまない。「攻・走・守すべて超一流はイチローだけ」というほどだ。だが、振る舞いや言動が気に入らない。「話している内容も、われわれ凡人には参考にならなくて、ちっともおもしろくない。発言を聞くかぎり、野球に対する考え方、野球観も、私とは相容れない気がする」と述べる。ヤクルト監督時代、国内線の航空便で、常に確保を頼んでいるという一番前の列の席をとれず2番目になったことがあった。その時お気に入りの席を奪ったのはイチローだったと本書で恨みをはらしている。イチローは出発間際に搭乗し、ノムさんに気づいたようにも見えたのに、会釈すらしなかったという。
ノムさんは本書でほかに、イチローのチームより個人を重視するプレーぶりやマスコミ軽視の態度などを指摘。オリックス時代に仰木監督に甘やかされたことが原因の一つではないかとして、とくに若い選手にとっての監督の重要性を説く。「プロ野球選手は、最初にどの球団に入ったか、どういう監督のもとで育ったかということが、その後の野球人生に大きな影響を及ぼすものだ」。ノムさんは、もしイチローがヤクルトに入団していたら「野球とは」「人間とは」を、自分がしっかり教え込んだのに...と振り返る。
「凡才」ノムさんによるイチロー論は、いわば、陰に隠れていたイチローの半面に光を当てたもの。「天才」にありがちな「オレ流」には辛口なノムさんだが、イチローも実は、ノムさんら優れた成績を残した一流選手と同じく小事を積み重ねて大事を成したことを明かし高い評価を述べている。本書では合わせて組織論も語られており、ビジネスなどにも参考になりそうだ。
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