安倍政権では公文書の改ざんや隠蔽が続いている。その最新状況を現在進行形の形で報告したのが毎日新聞取材班による本書『公文書危機――闇に葬られた記録』(毎日新聞出版)である。「森友・加計学園」や「桜を見る会」の問題で明らかになった、公文書の軽視。現政権によってエスカレートする民主主義崩壊の実態に迫る――という内容だ。
冒頭で「桜を見る会」が取り上げられている。毎年4月に行われる国の公式行事。各界の功労者を招く場だ。そこに安倍首相の後援者たちが大量に招待されていたという疑惑が持ち上がった。昭恵夫人の単なる知人らも含まれていた。国会でも問題になった。真相解明のカギを握るのは、招待者の名簿だが、政府は会が終わった直後に廃棄したという。
誰しもそんなことはないだろうと考える。私的な行事ではないからだ。毎回廃棄していては、翌年の招待者名簿を一から作り直さなければならなくなる。
というわけで毎日新聞の取材班が動き出す。とりあえず、霞が関の各官庁関係者に聞いて回る。実際に、過去に「桜を見る会」の招待者の人選に関わったことがあるという国交省の職員の証言を得た。各省庁とも所管業務から「ふさわしい人」を真剣に選んで内閣府に推薦している、したがって「廃棄」という政府の説明は「信じられない」と首を傾げる。
「伝統ある『桜を見る会』自体を軽くあつかっているにひとしいわけです。残念なのは、本当の功労者が会に招待されたことを誇りと思えなくなってしまったことですよ」
「廃棄はどう考えてもおかしい」(経産省職員)、「ありえない」(厚労省職員)、「あるに決まってんじゃん、絶対にあるよ。名簿の電子データが残っているはず。捨てたのはきっと、共有フォルダ―の中のデータだけ」(文科省職員)
こうした声をもとに、毎日新聞は2020年1月20日の紙面で「桜を見る会 内閣官房と内閣府 名簿保存『1年未満』の怪」という見出しで「官僚からも疑問の声が上がっている」ことを報じた。
本書は以下の構成。
序章 霞が関の常識 第一章 不都合な記録・・・「桜を見る会」など 第二章 ファイル名ぼかし・・・犯人捜し、など 第三章 記録を捨てた首相・・・保存するルールがない、など 第四章 安倍総理の記録・・・機械的に捨てる、など 第五章 総理執務室の内側・・・小泉首相から怒られた、など 第六章 官尊民卑・・・国民には何も知らせる必要はない、など 第七章 官房長官の"ウソ"・・・資料を「怪文書」と言い放つ、など 第八章 官僚の本音・・・情報公開法の不開示規定を拡大解釈、など 第九章 謀略・・・有識者は蚊帳の外、など 終章 焚書
この中で最近の新しい動きとしては「第二章」で「ファイル名ぼかし」が報告されている。総務省が運営する政府の公式サイト「e-Gov(イーガブ)」。ここで行政文書(公式文書)のファイル検索ができる。2001年の情報公開法の施行に合わせて運用が始まった。入手したい公文書があれば、イーガブを使ってファイルを特定し、保有官庁に開示請求する仕組みになっている。
ところが、ファイル名がぼかされるようになっているというのだ。単なる「報告書」「文書」「綴り」「その他」などが増えている。これらのファイル名は、国の公文書のガイドラインでは、ファイル名としてできるだけ使わないように例示されているにもかかわらず。
そこで取材班がいろいろと知恵を絞り、本当の内容に肉迫する。
ファイル名「服務指導関連」→飲酒運転事故および自殺事故の詳報 ファイル名「服務指導」→セクハラ フアイル名「報告書」→懲戒処分事案 ファイル名「事態対処B8検討」→あたご衝突事故
防衛省関連ではざっとこんな感じだ。「日報隠蔽」が大問題になった同省だが、隠蔽体質が徹底していることがわかる。
毎日新聞は大手メディアの中では特に「情報公開」に強いことで知られている。02年度に「防衛庁による情報公開請求者リスト作成に関するスクープ」、03年度に「自衛官募集のための住民基本台帳 情報収集に関するスクープ」と連続して「情報」を軸に新聞協会賞を受賞している。
『公文書問題――日本の「闇」の核心』(集英社新書)の著者、瀬畑源さんは、「毎日新聞の調査報道」について、同書で解説している。
「特筆すべきは、毎日新聞の社会部の情報公開制度を利用した調査報道のすごみです。情報公開請求をかけつつ、その裏付けのための取材を並行して行うことで、実際に各行政機関がどのような意図で政策をおこなっているのかを追及しています・・・特定秘密保護法や公文書管理制度についての論説も、他の新聞と比して分析が非常に深いと言えます」
記者の固有名詞では『武器としての情報公開――権力の「手の内」を見抜く』(ちくま新書)を出している日下部聡記者が知られている。
今回の取材班は、17年夏に立ち上げられた。日下部記者はその時からのメンバー。取材班は18年1月から「公文書クライシス」の報道をスタート、これまでに70本ほどの記事を報じているという。中心になっているのは大場弘行記者で、本書の執筆も担当している。「公文書クライシス」は19年、 優れたジャーナリズム活動に贈られる第19回「石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞」(公共奉仕部門)大賞を受賞している。
本書でも、情報公開の手法でも政府や官庁の秘密主義に迫っているが、それだけではない。伝統的な記者の手法も使われている。要するに役人と昵懇になり、情報を聞き出す、という手法だ。居酒屋でのやり取りが頻繁に顔を出す。
「生ビールを注文」「グラスを口に運び」「焼き鳥をかじって・・・」「私たちは時々、この店で落ち合い、主に政局の情報交換をしている」「ある省庁の担当者がこっそり教えてくれた・・・」
コロナの自粛期間中に検察最高幹部と麻雀をやっていた記者が指弾されたが、実際のところ、それに近いことをやってる記者は少なくないと思われる。危ない橋に近づかないと、きわどい情報は取れないからだ。
本書を読んで、驚いたのは、かなり真正面から、最近の国の公文書管理の問題点を指摘している現場の役人がいることだ。記事中では匿名だが、その官庁の中では特定されてしまうのではないか、と思われるような書かれ方。しかし、本人は、動じる様子がない。信念をもって取材に応じている。腹が座っている。
公文書問題に関連して今、役人たちがひそかに気にしているのは、森友事件で自殺した近畿財務局職員、赤木俊夫さんのことではないだろうか。改ざんを強いられたという手記を残して自殺した。死の数日前、妻に「僕がやらされた」と告白していた。7月15日、妻が国と、当時の同省理財局長に損害賠償を求めた裁判が始まった。霞が関の多数を占める「ノンキャリア」と呼ばれる人々や、その家族にとってはとくに関心が深いはず。もちろん、「キャリア」といわれる人々にとっても、他人ごとではない。いつか自分が、訴えられる側になるかもしれないからだ。
国を相手取った裁判ではほとんど勝ち目がなくなっていることは、『絶望の裁判所』 (講談社現代新書)に詳述されていた。しかし、この裁判が、公文書問題を象徴する出来事として歴史に残ることは間違いないだろう。「政権――キャリア――ノンキャリア」の構図がこれほど明確に表れたケースは珍しいからだ。
毎日新聞社は、本書刊行に伴い、取材班によるトークイベントを7月21日、オンライン会議システム「Zoom」で開催する。取材記者らの生の声が聴ける。
BOOKウォッチでは公文書問題に関連して、『日報隠蔽』(集英社)、『監視社会と公文書管理――森友問題とスノーデン・ショックを超えて』(花伝社)、『記者と国家』(岩波書店)、『国家と記録』(集英社新書)、『公文書館紀行(第二弾)――取材から見えてきた「今、問われる公文書」』(丸善プラネット)、『情報公開讃歌――知る権利ネットワーク関西30年史』(花伝社)なども紹介している。
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