読むべき本、見逃していない?

雪深い秋田から誕生した総理大臣の胸中は?

したたか 総理大臣・菅義偉の野望と人生

 菅義偉政権がスタートしてまもなく1カ月。秋田の農村出身の「たたき上げ」というキャラクターが好感されたのか、予想以上の高い支持率を得た滑り出しとなった。一方では、学術会議が推薦した会員候補6人を菅首相が任命しなかった問題で、「こわもて」の一面も覗かせ始めた。

 「怜悧で狡猾なリアリストか、地方と庶民を救うヒューマニストか。この男、どこから来た何者なのか!?」という惹句が、本書『したたか 総理大臣・菅義偉の野望と人生』(講談社文庫)の新聞広告に踊っていた。緊急出版され、すでに8万部を超えたという。

 手回しがいいと思ったら、2016年に刊行された『影の権力者 内閣官房長官菅義偉』(講談社+α文庫)を改題、新装刊したものだ。だが、菅氏本人や地元、関係者への取材で、その実像に肉薄した内容になっている。

著者は小沢一郎ウォッチャー

 著者の松田賢弥さんは1954年、岩手県北上市生まれ。業界紙記者を経てジャーナリストとなり、「週刊現代」「週刊文春」などを中心に執筆活動を行う。政界に関するスクープ記事が多く、小沢一郎衆院議員については20年以上取材を続け、その後の「陸山会事件」追及の先鞭を付けた。妻・和子氏からの小沢氏への「離縁状」をスクープしたことで、第19回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム大賞」を受賞。著書に『絶頂の一族 プリンス・安倍晋三と六人の「ファミリー」』(講談社+α文庫)、「小沢一郎 淋しき家族の肖像』(同)などがあり、政界の裏に詳しいジャーナリストとして知られる。

 秋田から出てきた若者は裸一貫から、いかにして最高権力の座を射止めたのか。生い立ちから、法政大学の学生時代、横浜市議、衆院議員当選、安倍総理の右腕として「影の総理」ともいわれた官房長官時代までを描いた人物評伝で、菅氏が首相に就任する前から注目されていた本だ。

 本書の構成は以下の通り。

 はじめに 菅総理、誕生す
 第一章  血涙の歴史の落とし子
 第二章  集団就職の世代
 第三章  小沢一郎と菅義偉
 第四章  権力闘争の渦中で
 第五章  安倍政権の中枢で
 第六章  権力を体現する政治家

秋田の満州開拓団から書き出す

 菅氏が育った秋田県雄勝郡秋ノ宮村(現・湯沢市秋ノ宮)を訪ね、地元の同級生らに取材しているのはもちろんだが、菅氏の父・和三郎(2010年没)の足跡をたどり、満州時代まで筆を延ばしているのが特徴だ。

 和三郎は戦前の満鉄(南満州鉄道)に勤めていたため、妻と幼い娘二人は満州の地で終戦を迎えた。秋ノ宮村を含む雄勝郡を中心とした地域一帯から満州へ渡った開拓団があった。そのうち約250人が集団自決などにより命を落としたことを詳述している。和三郎が右往左往する日本人の逃避行を助けたという証言を松田さんは現地にいた古老から聞き出している。

 和三郎は戦後生まれの菅氏に満州体験を語らなかったようだが、そうした闇を抱えた秋ノ宮村の歴史が菅氏の体内に宿っている、と書いている。そして「土着的な政治家の、たぶん最後の存在だと思う」とも。

 菅氏にとって秋田は、「抜け出してたくても抜け出せない土地」だった。農家の長男として家を継ぐことを背負わされて育ったからだ。高校を卒業し「東京に出て稼ぐ」と言った菅氏に和三郎は激怒した。

 東京・板橋区の段ボール工場に住み込みで就職したが、「このまま一生終わるのは嫌だ」と2年遅れで法政大学法学部に入学した。その後、代議士秘書となり、横浜市議を経て国会に出たストーリーはよく知られている。本書でもトレースしているが、読みどころは第3章以降、国会に出てからの権力闘争の数々だ。

小沢一郎氏との対比

 秋田と奥羽山脈を隔てた岩手県出身の小沢一郎氏と対比して描いている。2014年の総選挙、菅氏は小沢氏の選挙区でこんな演説をしている。

 「小沢さんは、岩手の故郷が何百年に一度とも言われる大震災にみまわれるというのに、震災からしばらくの間、被災地に入ろうとしなかった。自ら故郷を顧みない小沢さんには失望した」
 「私は、ここ(奥州市)から山を一つ越えた(秋田県)湯沢市の出身です。湯沢は私を高校まで育ててくれた故郷です。小沢さんはこの二〇年、政界の中心にいたが、なんとしてももう退場させましょう」

 小沢氏の後退と対照的に菅氏は政権中枢へのし上がっていった。松田さんはこう書いている。

 「菅義偉という政治家は、角栄政治と小沢時代の延長線の『その先』に輩出されたように思う」

師・梶山静六とのちがい

 後半は、師・梶山静六の敗北から学んだこと、小渕恵三の死をめぐる権力闘争、小泉純一郎氏との確執、安倍晋三氏との歴史観の違いなど、よりディープな話が続く。

 松田さんは岩手県生まれということもあり、菅氏の胸襟を開かせたのかもしれない。「梶山さんと俺とのちがいはひとつあった。梶山さんは平和主義で『憲法改正』に反対だった。そこが、俺とちがう」。随所でこんな本音を引き出している。

 官房長官時代、「総理をめざす気はまったくない」と松田さんに答えたが、松田さんは信用していなかった。結びの方にこう書いている。

 「菅は安倍をも乗り越える権力を握ることをじっと胸の奥で滾らせているのではないだろうか。そうでなければ、豪雪の秋田から上京し紆余曲折の末、政治の世界に飛び込んだ菅自身の這い上がってきた人生は完結しないように思えるのである」

 その予言は的中した。

 評者は秋田県出身だ。知人によると、菅氏の生家はすでに観光名所となり、県内では菅氏の顔をかたどったまんじゅうなどのお菓子が売られているそうだ。秋田県初の総理大臣ということで地元が浮かれるのはわかる。しかし、本当に地方を思う政治家かというと、イージス・アショアの秋田市への配備計画を進めるなど(その後撤回)疑問を持たざるを得ない。安倍政権時代の政策遂行の責任も含めて、厳しく政治姿勢を検証されるべきだろう。

 BOOKウォッチでは、『長期政権のあと』(祥伝社新書)、『ドキュメント 強権の経済政策――官僚たちのアベノミクス2』 (岩波新書)などを紹介済みだ。

  



  • 書名 したたか 総理大臣・菅義偉の野望と人生
  • 監修・編集・著者名松田賢弥 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2020年9月30日
  • 定価本体840円+税
  • 判型・ページ数A6判・336ページ
  • ISBN9784065217924

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