コロナ禍で「格差」が浮き彫りになっている。本書『中流崩壊』(朝日新書)もそのあたりを念頭に、久しく「一億総中流」と言われてきた日本社会の変容を伝える。著者の橋本健二さんは1959年生まれ。東京大学教育学部卒。東京大学大学院博士課程修了。現在、早稲田大学人間科学学術院教授。専門は社会学。
橋本さんは長年「階級」にこだわってきた学者として知られる。『現代日本の階級構造――理論・方法・計量分析』(東信堂、1999年)を手始めに、2018年の『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)まで10冊近くの関連本を出版している。
『新・日本の階級社会』では、近年の日本の階級を4つに分類していた。資本家、労働者、旧中間階級(自営業者や自営農民)、新中間階級(労働者を管理する層)。そして最近は、5つ目の階級として、非正規労働者から成る既存の階級以下の階層「アンダークラス」が登場していることに注目。いまやその実数は900万人を超え、男性は人口の3割が貧困から家庭を持つことができず、またひとり親世帯(約9割が母子世帯)の貧困率は50%に達している、日本にはすでに、膨大なアンダークラスという貧困層が形成されている、もはや格差ではなく階級差と分析していた。
この層は「いじめ」「登校拒否」などで学校を中退し、正規雇用にありつけず、当然ながら子どもも貧困から抜け出しにくい。上位の階級の人たちはこの層の人たちを「努力不足」「自己責任」とみる傾向が強いことも指摘されていた。
このように、これまでの著書で「アンダークラス=第五の階級」の登場をリアルに指摘してきた橋本さんは、今回の本書では、「中流」の崩壊に焦点を当てる。「アンダークラス」の多くは中流や労働者階級から零れ落ちることによって生まれるからだろう。
コロナ禍で大きな打撃を受けたのは、「非正規」と呼ばれる「アンダークラス」とともに、旧中間階級だったと橋本さんは見る。経営者と現場で働く労働者を兼ねているような人たちだ。飲食店は大幅に売り上げが減り、テイクアウト販売を始めたものの売り上げ不足が続く。商店街からは人通りが消え、閉店を余儀なくされる。小さな工場ほど苦境に陥る。非正規労働者は、こうした旧中間階級とつながる現場で働いていた人が多い。政府もいくつかの支援策を講じてきたが、十分とは言えないだろう。
一方で新中間階級の人たちは在宅勤務で大方の仕事をこなすことができて、さしあたっての給料と雇用は確保されていた。つまり一口に「中間階級」といっても、「旧」と「新」では、コロナ禍のダメージが異なっていた。コロナ禍が明らかにした格差とは、この中間階級の中のダメージ格差だったと橋本さんは見る。
本書は以下の構成。
第1章 「総中流」の思想・・・「総中流」論の起源、など 第2章 理想としての「中流」・・・ロビンソン・クルーソーの父親の教え、など 第3章 「総中流」の崩壊・・・「総中流」から「格差社会」まで、など 第4章 実態としての「中流」・・・「中流」の多様な類型、など 第5章 主体としての「中流」・・・ファシズムの社会的基盤としての「中流」、など 終章 中流を再生させるには――「総中流」のあり方を探る・・・「総中流」の成立と崩壊、など
一口に中流と言っても、上述のように旧中間階級(自営業者や自営農民)、新中間階級(労働者を管理する層)は大きく異なる。さらにそれぞれの中の属性を詳細に分けて、各種統計をもとに分析している。
「新中間階級」は退職後、年金や財産収入、預金の取り崩しなどによって「中流」の生活を続けることができる人と、そうでない人に分かれる。「旧中間階級」は老後に中流であり続けることが難しくなる傾向がある。「引退」と同時に中流からの転落が始まる。
いずれの階級でも、今や妻が非正規で働いている人が少なくない。そうした場合はコロナ禍の影響などを受けやすくなると想定される。
本書は過去の「一億総中流論」の成立から崩壊までを、様々なデータや学説をもとに振り返りつつ、中流が崩壊していく現状を報告している。
日本では、日本だけが「総中流国家」としてもてはやされる傾向があったが、各国を並べた統計を見ると、主要国では、英国以外の国はたいがい、国民が「総中流」という意識を持っていることなども指摘されている。何しろ、格差の激しいインドでも大半の国民が「自分は中流」と思っている。これは、「上」「中」「下」というパターンに階層を分け、「あなたはどの層だと思いますか」と尋ねる調査の質問の仕方によるものだということを、橋本さんは指摘している。
日本では最近、「格差」について論じられるようになったような気もするが、実際には1977年ごろにはその萌芽が表れているという話も興味深かった。格差を示す各種統計にその傾向が表れ、国会でも、社会党の北山愛郎議員が政府に質問していたという。
その後、85年の「国民生活白書」で控えめながら格差拡大が記され、88年の白書発表翌日の朝日新聞は「『格差社会』でいいのか」という社説を掲げている。しかし、バブルに沸いていたこともあり、多くのメディアが気づくのは少し後だ。90年代後半から2000年代初頭にかけて、「『一億総中流』から『8割貧困』の時代へ・・・『新』階級社会で生活格差は広がっている!」(週刊宝石、1999年10月28日号)、「新・階級社会ニッポン」(文藝春秋、2000年5月号)などという記事が目立つようになる。2000年代に入ってからの小泉政権以降は、役所や大企業でも、「派遣」という名の給料が上がらない非正規労働者が増えたこともあり、格差が固定化されつつあるというのは、多くの人の実感だろう。
本書は後段で「中流崩壊」が社会や政治にどのような影響を与えていくのかについても言及している。
例えば有名なドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロム(1900~1980)は、中産階級が経済的自由を獲得する一方で、人々が孤独感などを克服するため権威に服従し、同じような服従志向の人々と一体化して精神の安定を得ようとする傾向があると指摘していた。いわゆる「自由からの逃走」だ。ドイツの下層中産階級がファシズムを支持する心理的基盤になったという。
コロナ禍の各国を眺めれば、その萌芽はあちこちにある。ルーツとして、めんどりの庇護を求めるひな鳥の逸話(『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」)なども思い出す。
BOOKウォッチでは関連書をいくつか紹介済みだ。『コロナが加速する格差消費――分断される階層の真実』(朝日新書)は「消費」という視点からコロナの生み出す「格差」を分析し、いまや「不滅の中流」になっているのが公務員だと指摘する。『新型コロナと貧困女子』(宝島社新書)は、「自粛」が無収入、借金苦に直結する「貧困女子」を取り上げている。『観光ビジネス大崩壊 インバウンド神話の終わり』(宝島社)はこれからさらにコロナ禍の影響が本格化すると指摘している。
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