本書『「地方国立大学」の時代』 (中公新書ラクレ)は最近がんばっている地方国立大を丁寧に紹介している。関係する学生や教員、志望する高校生や親にとっては必読本となるのではないだろうか。あるいは地元の大学を軸に、地域社会の活性化を図りたいと考えている自治体職員らにとっても参考になる。
著者の木村誠さんは1944年生まれの教育ジャーナリスト。早稲田大の政経学部を出て学習研究社に入社、「高校コース」編集部などを経て、「大学進学ジャーナル」編集長などを務めた。『福井大学はなぜ就職に強いのか』 (財界展望新社)、『大学大崩壊 リストラされる国立大、見捨てられる私立大』 (朝日新書)、『大学大倒産時代 都会で消える大学、地方で伸びる大学』 (朝日新書)などの著書がある。
本書は「第1章 平成と大学 30年で何が変わったのか」「第2章 国立大学の今--現場で何が起きているのか」「第3章 2020年地方国立大学による『日本復活』が始まる」「第4章 広島大学の挑戦――『地方』から『世界』の大学になるために」「第5章 広島大学への問い――高校生の夢をどのように叶えるか」の5章仕立て。
この目次からもわかるように、広島大について特に大きなスペースを割いて取り上げている。広島大は戦前の高等師範をルーツとしており、中国・四国地方の教育関係ではもともと群を抜いた存在。医学部、歯学部なども伝統がある。2014年には「世界のトップ100」に到達することを目指す「スーパーグローバル大学創成支援(タイプA)」に選ばれた。18年には、データ分析とシステム支援のスペシャリストを養成する情報科学部と、国際的課題に取り組むグローバル人材を養成する総合科学部国際共創学科が新設されている。現在は12学部あるというから、すでにして堂々たる総合大学だ。
本書はそうしたアグレッシブな取り組みが目立つ広島大学の現状を報告しつつ、高校生たちに大学で学びたいことをアンケート、それに対して広島大学の教員にアドバイスを求め、紹介している。単なる現状報告にとどまらない、学ぶ側、教える側に双方向性のある構成にもなっている。
広島には質の高い有力なブロック紙、中国新聞があり、メディアのバックアップも期待できる。「ヒロシマ」の歴史を背負っているのも世界での知名度という点では有利だ。吉田拓郎、矢沢永吉からPerfumeまで出身の芸能人も多士済々。池田勇人、宮沢喜一ら首相はもちろん、野球やサッカーなどスポーツ選手も多数輩出している。関西以西では、福岡に次ぐ存在感がある県なので、広島大の躍進も当然だろう。
文系と理系が融合している珍しい学部、広島大総合科学部の最近の卒業生に聞いたところ、在学中から「大学側の改革の意欲は感じていた」とのことだった。
第3章では、「九州大学が50年ぶりに創設した共創学部とは」、「島根大学のユニークな『フレックスターム』」、「新潟大学が期待する『自己創造型学修者』とは」、「新潟大学では全学部のほとんどの科目を受講できる」、「国立大学初の『国際教養学部』を創設した千葉大学」など多彩な動きが取り上げられている。九州大学を「地方」に組み込むのはいかがなものかという気もするが、きめ細かな目配りは長年、学習雑誌、受験雑誌に籍を置いた著者ならではといえる。大学ランキングの国内版では「地方大学」の伸長が目立つということも特記されている。
近年、日本の大学は地域ごとの「ローカル化」が進んでいるといわれる。かつて東京の大学には全国から学生が集まったが、早稲田大なども最近は首都圏出身者が中心になっているという話を聞く。大学の授業料も高くなり、有利な奨学金をもらおうにもハードルは高い。親の収入が増えない中で、自宅から通える「地方大学」へのニーズや期待感は高まっているのは確かだろう。医学部偏重で、理系の優秀な人材が地元医学部に流れる傾向もあるかもしれない。なにしろ今は京都大工学部に楽に入れるくらいの実力がないと、地方国立大の医学部には受からないのだ。
本書は、「地方国立大」の新しい動向を報じることを主眼としているが、その前段で、「地方大学は民主社会の"支柱"」だということを力説している。大筋、以下のような考え方だ。
民主社会は多様な社会集団が様々な役割を果たしてこそ成立する。東京一極集中を廃し、地方分権などというのも、単なる権限移譲ではなく、東京と地方という複眼で物事を見たり考えたりするための方策の一つと考えるべきだ。それゆえに、地方の視点を代表する地方大学は、地域の創生のためだけでなく、日本の民主主義の維持、もしくは再生のために必要な存在である・・・。ネット社会は一見、多彩な情報が得られるように思いがちだが、実は意図的にコントロールされた情報が広がりやすくなっている。それだけに、地方の大学の役割を存分に発揮させることがますます大切になっている・・・。
以上のように木村さんは、単に地方国立大学の健闘ぶりをとらえて称揚するというのではない。これからの日本全体を考える上で、地方の存在感や声を大きくさせるために、地方国立大学の役割をことのほか重視しているところが新鮮だ。つまり本書は、望ましい社会の在り方としての「日本再生」の処方箋を説く一冊でもあるのだ。
BOOKウォッチは関連で、『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)、『京大的アホがなぜ必要か』(集英社新書)、『東大を出たあの子は幸せになったのか』(大和書房)、『東大生の本の「使い方」』(三笠書房)、『海外で研究者になる』(中公新書)、『書評キャンパスat読書人2017』(読書人刊)なども紹介している。
本書は広島大や新潟大、千葉大の生協書籍部で特に売れる本だと思う。
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