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分かった! なぜ京都大学に理系のノーベル賞が多いのか

京大的アホがなぜ必要か

 京都大学は、しばしば東京大学と並び称される。しかし東大とはちょっと違うユニークな大学というイメージも定着している。昨今話題になった事柄を振り返っても、大学近くの巨大交差点にこたつを置き、鍋をつついていた院生が捕まったとか、卒業式ではコスプレを競い合うとか。

 本書『京大的アホがなぜ必要か――カオスな世界の生存戦略』(集英社新書)はそうした部分も含めた京大の風変りぶりを「アホ」という関西風のキーワードでまとめながら、京大らしさとは何か、いま日本の大学に何が必要なのかを突き詰めている。

当たると大ホームラン

 著者の酒井敏さんは京都大学大学院人間・環境学研究科教授。つまり正統的な学問の世界の人である。1957年生まれというから、もう還暦を過ぎている。専門は地球流体力学。一方で「京大変人講座」を開講し、「フラクタル日除け」なども発明している。京大の自由な学風を地でいく「もっとも京大らしい」京大教授なのだそうだ。

 本書は「序章 京大の危機は学術の危機」、第一章「予測不能な『カオス』とは何か」、第二章「カオスな世界の生存戦略と自然界の秩序」、第三章「イノベーションは『ガラクタ』から生まれる」、第四章「間違いだらけの大学改革」、終章「アホとマジメの共同作業」に分けて「アホ」を論じる。

 40年以上前に、静岡県の高校から京都大学理学部に入った著者は、いきなり先生に「アホなことせい」と言われて面食らったそうだ。当時18歳。これからせっせと勉強して世の中の役に立つ人間にならなければと思っていたところに、「アホ」の洗礼。しかも何人もの先生が「アホ」を強調する。当初は戸惑ったそうだが、次第に先生方がいう「アホ」の本当の意味が分かってきた。

 それは単に卒業式に仮装をして騒げと言うことではない。もちろん、一脈通じるところがないわけではないが、言わんとするのは、「常識」を疑え、ということだった。

 たとえば「天動説」の時代に「地動説」を唱えたとしたらどうだろう。当時の常識では「アホ」となる。ところが歳月がたって、いつの間にか「アホ」が正解になっている。このように「アホ」が勝利する確率は限りなく低いが、当たると大ホームラン。確かにそれが学問研究の面白さだ。世の中を劇的に変えることにつながる。

大学が社会から「即効」を求められる

 著者が危機感をおぼえるのは近年、「アホ」への風当たりが強まっていることだ。抑圧者代表の立場あるのが産業界。学術研究にもっぱら「効率」を期待する。バブル崩壊後の経済低迷で、産業界から大学の研究に対して「すぐに役立つ成果」を求める圧力が高まった。それに呼応する形で国立大学の独立行政法人化などの「改革」も進んだ。大学が社会から「即効」を求められるようになり、研究が小粒になって、「アホ」が淘汰される。

 近年、日本の科学論文の世界シェアが急速に落ちているということがしばしば指摘されている。著者によれば、これは独立法人化以降、顕著なのだという。他の大学関係者からは「京大が最後の砦なので頑張ってください」と激励されることが多いが、今やその砦も崩壊寸前だというのが著者の現状認識だ。

 本書では「選択と集中」という、近年よく使われる殺し文句への批判が複数個所で登場する。

「選択と集中は『無駄に効率のいい社会』をつくる」
「産業界はなぜ『選択と集中』を重視するのか」
「多様性を奪う『選択と集中』は危険な作戦」
「選択と集中は絶滅への道」

 この目次を眺めただけで著者の言わんとすることの大要は推測が付くに違いない。いまや日本のあらゆる会社の経営陣が、さらには為政者も「選択と集中」をスローガンにしているが、著者は上記のように大いなる疑問を突き付ける。

日本社会の現状を憂える

 「アホ」を大事にする京都大学は、実際のところ、大いなる成果を生んできた。湯川秀樹さんを筆頭に理系のノーベル賞受賞者は東大よりも多い。2018年も本庶佑さんが受賞した。先ごろ亡くなった梅原猛さんも、湯川さんら京都学派の重鎮たちに目をかけられ、刺激を受けた日々を自著で回想していた。そうした京大理系の先人たちの輝かしい伝統を背景に、著者は政財界に注文を付ける。

「昨今は、政財界の人びとが社会の矛盾を呑み込もうとしていません。まるでひとつの価値観だけが正しく、それ以外は邪悪な存在であるかのような主張がされている」
「自分たちが『選択』した価値観だけに『集中』して投資しても、何も起こりません。それは、この世が予測不能なカオスだからです」

 これからの日本のために何が必要か。著者の注文は大学関係者や学生にも及ぶが、力を込めるのは政財界への呼びかけだ。そのあたりは本欄で紹介した野口悠紀雄さんの近著『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)と共通する部分がある。日本はいま、見かけ以上に深刻な状態にある、という認識だ。

 したがって本書は表題を「京大」に絞っているが、実態としては日本社会や日本の大学の現状を憂えており、どう立て直すかについてのヒントが盛り込まれている。「コンピューターで完全な天気予報は可能か」「なぜか正規分布しない『友達の人数』」など理系好みの軽い小話も出て来るので、受験勉強から解放されたばかりの新入生も頭を「アホ」にできそうだ。

 本欄では京大関連で、『京都大学熊野寮に住んでみた――ある女子大生の呟き』(エール出版社)、『京都学派酔故伝』(京都大学学術出版会)、『赤軍派始末記』(彩流社)、『京都学派』(講談社現代新書)、山極寿一総長の『ゴリラからの警告』(毎日新聞出版)、『かつて10・8羽田闘争があった――山崎博昭追悼50周年記念[寄稿篇]』『かつて10・8羽田闘争があった――山崎博昭追悼50周年記念〔記録資料篇〕』(合同フォレスト)、『京大生・小野君の占領期獄中日記』(京都大学学術出版会)、『731部隊と戦後日本』(花伝社)など多数を紹介している。ちなみにJ-CASTニュースの若き編集長は京大出身

  • 書名 京大的アホがなぜ必要か
  • サブタイトルカオスな世界の生存戦略
  • 監修・編集・著者名酒井敏 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2019年3月15日
  • 定価本体860円+税
  • 判型・ページ数新書判・256ページ
  • ISBN9784087210705

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