731部隊という通称で知られる「関東軍防疫給水部本部」。石井四郎軍医中将(1892~1959)が初代部長を務めたことで石井部隊とも呼ばれる。本書『731部隊と戦後日本』(花伝社)は、その731部隊がなぜ秘匿されたのか、関係者はその後どうなったかなどを改めてまとめなおしたものだ。
著者の加藤哲郎さんは1947年生まれ。政治学・比較政治・現代史が専門の一橋大学名誉教授だ。日本の社会科学系の大学教授としては異例なほどの国際派。英米独をはじめ世界各国のいくつもの有名大学で学んだり、教えたりしている。
731部隊というと、何となく厄介で、重苦しい感じが付きまといがちだ。本書は最近の講演をもとに再編集しており、口語体で書かれていることもあって読みやすい。
731部隊は旧満州ハルピン近郊に本部があった。細菌戦など生物兵器の研究を行い、中国人捕虜などを「マルタ」と呼んで人体実験に使っていたとされる。中国大陸の一部では実際にペスト菌などをばらまき、中国側によれば少なくとも1万5千人が犠牲になったという。
小さな組織ではない。当時の東京大学と同じ規模の予算が与えられていた。約3600人が働き、東大や京大を出た多数の医師が加わっていた。
戦争中は、存在や活動ぶりが秘匿されていた。敗戦の数日前になって、参謀本部から資料の一切を処分し、急いで帰国するようにとの命令が出る。混乱の中で約1300人が大慌てで日本に戻った。軍歴を隠し、隊員の相互連絡はしない、などの「掟」が課せられ、きつく箝口令が敷かれたが、アメリカは731部隊の存在を嗅ぎ付けた。生物兵器の研究がどれくらい進んでいたのかーーそれが最大の関心事だった。そこで、内々に彼らが持ち帰った貴重な研究データを提出させる代わりに免責する、という判断がなされた。その結果、無事帰国できた石井部隊の関係者はお咎めを免れたという。
ところが、旧満州から日本に帰国し損ねた人もいた。一部はシベリアに抑留される。彼らを調べることでソ連も731部隊の活動を知り、1949年の「ハバロフスク裁判」で訴追する。何人もの医師が731部隊でやったことを克明に「自供」していた。しかし、日本帰国組をすでに免責ずみ。アメリカは、ソ連の裁判を「でっちあげ」として退けた。731部隊は、戦後の米ソ対立という冷戦構造のなかでシロかクロかがはっきりしないまま、いったん闇の彼方に消える。
再び731部隊のことが注目されるようになるのは、81年に出た作家森村誠一さんのベストセラー『悪魔の飽食』がきっかけだ。その後に起きた薬害エイズ事件では、問題となった薬品会社に731部隊の関係者が深く関わっていることが指摘された。戦後日本の医療界の要職にあった人物の中にも関係者が少なからずいたことがわかってくる。
その後も、様々な形で真実の追究が続いてきた。最近では2017年8月13日に放送されたNHKスペシャル「731部隊の真実――エリート医学者と人体実験」に大きな反響があった。取材班は「ハバロフスク裁判」の被告・証人などの音声テープを発見し、供述書と一緒に放映した。「でっちあげ説」の反証になった。
もっとも、日本政府の公式見解は今も、「外務省、防衛相の文書において、関東軍防疫給水部等が細菌戦を行ったことを示す資料は、現時点まで確認されていない」という立場だという。不都合な文書は処分されたということなのだろう。
本書の校了直前にも新たな動きがあった。池内了・京都大学名誉教授らによる「満州第731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会」による追及だ。京大は1945年、ペストによる人体実験の疑いがある論文を執筆した731部隊の将校に博士号を授与している。これを取り消せとアピールしたのだ。この論文では、「特殊実験」に「サル」を使ったとされていた。しかし、同会は、「サルが頭痛で苦しんでいることを把握するのは困難」「サルの体温グラフが実際のサルの体温変動とは異なる」などから、これは「サルではなく、人間の生体実験」と判断したのだ。
同会はさらに、国立公文書館から当時の隊員名簿を入手したことも明かした。軍医52人、技師49人、看護婦38人、衛生兵1117人など部隊の3607人の実名が分かった。技師というのは、エンジニアではなくて実験を担当していた若い医者たちのことだ。
本書の副題は「隠蔽と覚醒の情報戦」。最近何かと「隠蔽」が話題になるが、731部隊はその最たるものかもしれない。隠し切ったつもりでも長い年月を経る中で徐々にばれていく。その典型的なヒストリーを、本書で見せられている気がした。
著者は昨年、すでに大部な学術書『「飽食した悪魔」の戦後』(花伝社)を出版している。本書は同書の内容を一般向けにわかりやすく再構成した形となっている。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?