「めちゃめちゃ、汚いんやないの?」「機動隊が来るんでしょ」―京都大学の熊野寮と聞くと、ちょっと引いてしまう人が多いのではないだろうか。本書『京都大学熊野寮に住んでみた――ある女子大生の呟き』(エール出版社)の著者、福田桃果さんは「どちらもその通り」だという。ではなぜ、福田さんはその熊野寮に3年も住んでいるのか。本書にその秘密がたっぷり書かれている。
福田さんは奈良県出身。1997年生まれ。現役で京都大学医学部人間健康科学科に入り、京都での生活をはじめた。中学時代まではバレエを習って発表会に出たこともあるし、高校時代は門限19時というお嬢様。にもかかわらず、なぜ「熊野寮」を選んだのか。 いくつかの理由があった。まず戸締り。熊野寮には400人が住んでいて、常に誰かが起きている。男性も多い。鍵はないが、カギを締めなくても安全な生活空間だと考えた。
次に節約。大好きな宝塚歌劇を1回でも多く観たい。習い事や洋服にもお金を使いたい。だから月4100円で住める寮は助かる。そして最大の理由は、なんとなく面白そうだったから。入寮パンフを見たら、年中さまざまなコンパや行事がある。
高校時代にダンスの心得があった福田さんは、寮内の「KMN48」に属することにした。「く・ま・の」を頭文字にした、AKBのコピーダンスサークルだ。寮の行事だけでなく、大学祭にも出演してステージに立つ。メンバーには男性もいる。練習は公演前の1~2か月という気楽なサークルだ。
熊野寮は鉄筋で1965年にできた。4人部屋と2人部屋に分かれる。福田さんは中国人留学生と2人部屋に住んでいる。風呂はなくシャワー。女性用は2台しかないので、夜は順番待ち。冬は寒いので銭湯に行くこともある。
留年生や院生も住んでいるから、寮生の年齢幅は広い。髪がものすごく長い男がいるかと思えば、坊主頭の女子もいる。自主運営が基本だから、いろいろな委員会や部会がある。厚生部ではごみ処理、人権擁護部ではハラスメントなども扱う。寮生大会は徹夜になり、朝までやるのが慣例。朝食190円、昼食290円、夕食は420円。
寮生の男女比は4:1ぐらい。女子が少ないから、引く手あまたでモテる。寮で知り合った寮生カップルも少なくない。食堂は男女寮生が顔を会わし、おしゃべりできる懇親の場でもある。その様子から「親密度」が分かるという。
熊野寮特有の年中行事が「ガサ入れ」。まだ学生運動のかすかな余韻が残っている。入寮の時に、その対処法も教えられる。家宅捜索をある種のイベントのような感覚で楽しんでいる寮生も少なからずいるという。
本書は福田さんの新鮮な眼差しで、最近の熊野寮の姿が活写される。諸先輩にとっては懐かしい話が多いだろうし、これから入寮を検討している受験生や、企業の人事担当者にとっても参考になる。
職場や学校で寮生活というのは今も珍しくないと思う。しかし、熊野寮など大学寮の最大の特徴は「自主運営」というところにある。いわゆる「自治」。本書を読むと、熊野寮ではその伝統が今も生き続けていることがわかる。こうした「自治」や、「プライバシーなし」といわれる、多種多様な人が混住する場での生活体験は、社会に出てから意外に役立つ。要するに精神的にタフになる。
京都大学では吉田寮も有名だ。築100年を超えている。2017年12月、老朽化を理由に大学から、寮生全員が退去の通告を受けた。すでに「百年の光跡」と題された写真展が全国を巡回中で、記録プロジェクト「自治と青春―京都大学吉田寮(仮題)」というドキュメンタリー映画の製作も進んでいるという。
本欄では京都大学関連で『京都学派酔故伝』(京都大学学術出版会)、『赤軍派始末記』(彩流社)、『京都学派』(講談社)、山極寿一総長の『ゴリラからの警告』(毎日新聞出版)、『かつて10・8羽田闘争があった――山崎博昭追悼50周年記念[寄稿篇]』、『かつて10・8羽田闘争があった――山崎博昭追悼50周年記念〔記録資料篇〕』『(合同フォレスト)、『京大生・小野君の占領期獄中日記』(京都大学学術出版会)、『731部隊と戦後日本』(花伝社)などを紹介している。ちなみにJ-CASTニュースの若き編集長は京大出身。大学寮には住んでいなかったものの、友人が寮生だったので、よく出入りしていたという。
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