いつの時代にも「フェイク」や「データ改ざん」はあったようだ。『書物学 第14巻』(勉誠出版)の「贋作・偽作」特集を読んで痛感した。
本書は単行本かと思ったら雑誌だった。西洋書誌学の専門の研究者5人が書き分けている。扱われているのは、いずれも海外の昔の事例だが、現代社会とも無関係でない話もあって示唆に富んでいる。
もっとも興味深いのは、ジョン・ハーディング(1378~1465?)というイングランドの年代記作家の話だ。彼は「イングランドの王権に有利なように、歴代の王の行動と政治の事実を『フェイク』し、歴史を『捏造』した特異な人物」だという。今や贋作者として有名らしい。
イングランドは当時、フランスと百年戦争を戦っていた。同じころスコットランドとも対立し、戦争をくり返していた。執筆者の高木眞佐子・杏林大学外国語学部教授によれば、偽造されたのは、スコットランドの歴代王がイングランドの王に従属していたという歴史を補強するための、「さもありそうな」文書だった。「偽造」が見破られたのはだいぶ時代が下がって19世紀になってからだという。
イングランドの軍人として長年、スコットランドとの戦いに従事していたハーディングは、引退後に年代記を書き始める。そこに「フェイク」を紛れ込ませていた。
理由のひとつは「金目当て」。年代記が出来上がるたびに国王に献上し、年金が増えたことは確からしい。「スコットランド征服」という国家の大義に自分がいかに尽くしたかという部分も含めて、「多少の脚色も許されるという気持ちだったのだろう」と高木さんは推測している。実際には、王璽の偽造などもしており、なかなか手が込んでいる。
この「偽造文書」の物語は、当然ながら国家にとって都合の良い内容だった。だから歓迎された。しかし、疑問の声は17世紀末には出ていたという。ところが公然化しなかった。19世紀になって文書の政治的価値が薄れて、ようやく「良心の声」に暴かれることになる。
「真実を知りながら口をつぐんで捏造を見過すという消極的な『小悪』がはびこっていたことに疑問の余地はない」と高木さんは書いている。今でいう「忖度」の下僚たちか。
本書ではこのほか、「改ざん」の話も出てくる。不破有理・慶応大教授が書いている。19世紀になって出版が盛んになると、英国では、より多くの読者に抵抗なく読まれるようにするため、シェイクスピアの作品や「アーサー王」物語について「修正」が横行した。ターゲットになったのは「不道徳」「品のない」表現や、聖書への「冒涜的な」個所だ。削除や書き換えなどが行われた。「夜にベッドで横になった」はずの男女は、昼間に健全な会話を交わす関係に改変された。このあたりは「自発的検閲」を想起させる。
本書に登場する事例や指摘には、奇しくも現代のデータや文書改ざん、「フェイクニュース」を想起させる部分がある。筆者たちもそうした視点で書いている。雑誌の特集とはいえ、単行本並みに充実していると思う。
本欄では、現代の「フェイク」や「改ざん」について『フェイクニュース』(KADOKAWA)、『安倍政治 100のファクトチェック』(集英社)、『ドナルド・トランプの危険な兆候』(岩波書店)、『空気の検閲』(光文社)、『公文書問題』(集英社)、『大本営発表――改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』(幻冬舎)などを紹介済みだ。
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