戦後の日本が自信を回復し、世界に認められることになった東京五輪。本書『1964 東京オリンピックを盛り上げた101人~今蘇る、夢にあふれた世紀の祭典とあの時代~』(ユニプラン)はそのプレイバック本だ。名選手から大会開催に尽力した関係者まで、忘れてはならない101人をリアルによみがえらせる。
本書を眺めていて意外なことを知った。東京五輪で最も活躍したのはレスリング男子だったということ。個人競技で金メダル5個。団体優勝した体操も、個人競技での金は4個にとどまる。誠に失礼ながら、改めてレスリングの金メダリストの名前を見ても、ほとんど思い出せないのだが・・・。
本書ではそのレスリングのカリスマ指導者、八田一朗について詳しく記されている。戦前、日本柔道の父・嘉納治五郎の秘書をしていた八田が、早稲田大にレスリング部をつくったのが日本におけるレスリングの始まりだという。八田自身も選手として1932年のロサンゼルス五輪に出たが惨敗、のちに指導者になり、戦後の日本レスリング界を世界レベルに持ち上げるのに尽力した。
レスリングは52年のヘルシンキで金1、56年のメルボルンで金2。日の出の勢いだったが、60年のローマではゼロ。チーム全員が丸坊主になって帰国した。64年の東京五輪では何としても名誉挽回する。そこで鬼の特訓が行われた。
ライオンとにらめっこさせたり、電車がガーガー走る場所で寝かせたり。一番有名なのは、だらしない闘いや明らかなミスをした選手については、髪の毛はもちろん、「下の毛」まで剃る厳罰に処したことだ。時代を感じさせる。いまなら完全にアウトだ。こうして日本レスリングは復活、八田は亡くなるまで日本レスリング協会の会長を37年間つとめ、金20、銀14、銅10のメダルを獲得した。
記憶に残る外国選手も多数紹介されている。著者の鳥越一朗さんは大学時代、陸上部員だったこともあり、陸上の選手が多い。100メートルのボブ・ヘイズ、200メートルのヘンリー・カー、男子走り高跳びのブルメル、女子走り高跳びのヨランダ・バラシュ、10種競技の楊伝広、砲丸投げのタマラ・プレスなど著名な名前が並ぶ。しかし、東京五輪の最大のスターと言えば、アベベだろう。
まだ9歳だった著者は、テレビでそのレースを見たという。「テレビはほとんどアベベしか映さなかった」。つまり2位以下を大きく引き離していたということだ。前回のローマ五輪で「裸足のアベベ」として有名になっていたが、東京では白いシューズを履いていた。
一度だけ彼は後ろを振り返ったが、アナウンサーは「彼の目には一人の選手の姿も入らなかったでありましょう」と実況した。2位の選手がゴールインしたのは、アベベに遅れること4分8秒。まさにダントツの強さ、一軍と二軍の選手が一緒に走っていたかのようだった。しかも彼はレースの1か月前に盲腸を手術していて、練習再開は手術9日後からだった。東京五輪では多数の金メダリストがいただろうが、これほどの圧勝はアベベだけ、といえるだろう。
ちなみに当時中学生だった評者の知人は、都内の中学生。生徒たちは様々な競技を無料で、いわば授業の一環として観戦できたそうだ。知人はマラソンが見たかったので、国立競技場で観戦した。アベベが出発してから戻ってくるまでの約2時間、今と違ってワイドスクリーンがない。引率の先生がトランジスタラジオで実況を聴きながら、生徒たちに「今アベベがトップ」と逐一報告していたという。目の前で円谷選手がヒートリー選手に抜かれたところを見たというから、かなり良い席だ。
この半世紀余り、オリンピックはアマチュアリズムが薄れて「商魂の祭典」に様変わりしている。夏休み中だが、前回の五輪のように生徒たちは無料で見に行けるのだろうか。ボランティアに動員されるだけなのか。そのあたりも気になるところだ。
本書では多数のエピソードが要領よくまとめられ、手軽に懐かしの東京五輪を振り返ることができる。2020年の東京五輪ではどんなスーパースターが登場するだろうか。日本選手への過剰な期待が、選手の精神的な重荷にならないことを願う。
関連で本欄では、『ふたつのオリンピック 東京1964/2020』(株式会社KADOKAWA)、『ブラックボランティア』(角川新書)、『テロvs.日本の警察』(光文社新書)、『警備ビジネスで読み解く日本』(光文社新書)、『世界をもてなす語学ボランティア入門』(朝日出版社)、『女性アスリートの教科書』(主婦の友社)などを紹介している。 (BOOKウォッチ編集部)
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?