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あなたの子どもがいじめで自殺したら... 地方私立高校で起きた信じられない出来事

いじめの聖域

 ある日の夜、これまで普通に暮らしていたあなたの子どもがいつになっても帰ってこなかったら...。家出?誘拐?事故?親であれば誰もが眠れず、心配になるに違いない。

 2017年4月、長崎市の高校2年生の勇斗(はやと)君もそうだった。父親は単身赴任、長男は遠方の大学に進学し、一人だけ家に残された母親は狼狽し、警察にも連絡するが行方は分からない。しかし、翌日、公園で首を吊っている勇斗君が見つかる。想像もしなかった自殺。享年16。そして、学校でのいじめが原因だった可能性が浮上した。

 これだけでも家族を打ちのめすには十分な事実だが、自殺した勇斗君が通う高校は、「いじめによる自殺」をどうしても認めようとしない。いや、最初から「突然死」「転校」ということにすることを持ちかけ、自殺そのものも隠蔽しようとした。家族が動揺しているのをいいことに、学校側の責任を回避しようとする信じがたい行動で、家族はさらにダメージを受ける。

 本書『いじめの聖域』(文藝春秋)は自殺した勇斗君の家族と、長崎の名門私立、海星高校との間で繰り広げられる「事実」をめぐる闘いを、現地の共同通信記者、石川陽一さんが克明に追いかけたノンフィクションである。

第三者委「いじめ認定」も受け入れないキリスト教学校

 海星高校はキリスト教に基づく中高一貫教育で知られる。学園の幹部はクリスチャンだ。東大合格者も出し、野球部は甲子園出場経験もあり、長崎はもちろん、全国でも知られた名門校である。

 勇斗君の父母、そして同じ海星出身の兄の3人は、自死の背後にあったいじめの事実を勇斗君のメモなどから確信していくが、まるでかみ合わない学校側とのやり取りをめぐる描写を読み続けているうちに、こちらも息苦しくなってくる。

 未成年者の自殺、ましてやいじめがからむとなれば、扱いに丁寧さが求められるのは当然として、学校は真相を解明し、同じようなことを2度と起こさないような対策を立てることが決められている。

 だが、海星高校はこれを実行しないだけでなく、第三者委員会が自殺の主因はいじめと認定しても、その報告書を受け入れない。さらには、いじめによる自殺があった際、遺族に支払われる「災害共済給付金」の申請手続きについても協力しようとしないのだ。ここまでくると異常とも思えてくる。母親の電話での問い合わせに対応する文部科学省の担当者の言葉のほうがまともに感じられる。

 しかも、私学の海星高校を指導する役割の「長崎県学事振興課」は当初、海星高校の擁護に回る。そこには、日本の教育行政が「私学」を指導するときの限界を本書は指摘していくのだが、私学に子どもを通わせている親は、起きてほしくはないが、大きなトラブルが起きた際、どんな対応をすべきか、本書で肝に銘じておくことを強くお勧めする。いずれにせよ、このときの家族の絶望は察するに余りある。

 そして、本書が鋭く抉り出すもう一つの闇が、地元メディアの対応である。勇斗君の死の第一報は高校名を伏せて報じられたが、その後はほとんど報じられなくなっていく。自殺報道は後追いの問題もあり、慎重さが必要なのは事実だが、高校がいじめを認めなかったことに加え、取材に対して「遺族の意向」という理由で詳細を答えなかったこともある。

地元メディア記者「うちは叩けない」

 しかし、最大の理由は、名門の海星学園を批判する報道を地元メディアが自粛したことが大きいことを本書は指摘する。地元メディアからすれば、普段のネタ元でもある長崎県の認識も影響しただろうし、海星高校による日常的な広告を含めた営業上の理由も見え隠れする。

 実際、勇斗君の家族は、海星高校の理不尽さを世に問うべく、地元紙ではない西日本新聞(本社・福岡市)や著者の石川さんの所属先である共同通信の取材に応じ、そこから報道が全国に大きく発信された。しかし、長崎市での記者会見後も、肝心の地元紙や地元テレビでは比較的、小さな扱いになったという。共同通信の記事に至っては地元メディアが黙殺したこともあった。

 そして、海星高校で新たな生徒の自殺者が発覚したとき、地元メディアの記者が石川さんに語った言葉、「うちは海星を叩けないから、君が頑張ってよ」が、すべてを物語っている。もはや報道機関の役割を半ば放棄した言葉にも聞こえるが、似たような構造は多くの地方メディアに共通している。

 本書のタイトルにある「聖域」には、様々な意味が込められているが、学校にしろ、行政にしろ、メディアにしろ、人ひとりの命が失われたときに、真相を覆い隠す役割を果たす「聖域」の残酷さを思わずにいられない。

 本書では触れられていないが、勇斗君の父母は2022年11月、海星高校を相手取り、損害賠償と謝罪広告の掲載を求める民事訴訟を長崎地裁に起こしている。何が父母をそこまで追い詰めたのか。本書はその答えである。


■石川陽一さんのプロフィール
いしかわ・よういち/ジャーナリスト。1994年生まれ。石川県七尾市出身。2017年に早稲田大学を卒業し共同通信へ入社。初任地の福岡では事件や九州北部豪雨の被災地を担当。2018年に長崎支局へ異動し、海星高校いじめ自殺問題のほか、被爆者や平和教育についても取材。2021年からは千葉市局で勤務中。







  • 書名 いじめの聖域
  • サブタイトルキリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録
  • 監修・編集・著者名石川 陽一 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2022年11月10日
  • 定価1,980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・384ページ
  • ISBN9784163916224

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