本を知る。本で知る。

「暗渠」から東京の、現在とはまったく違う姿が見える。

水のない川 暗渠でたどる東京案内

 近年、まち歩きの切り口の1つとして、「暗渠」つまり、かつての川の跡が注目されている。NHKの人気番組「ブラタモリ」でも、暗渠がしばしば登場する。本書『水のない川 暗渠でたどる東京案内』(山川出版社)は、東京のまちの変遷を、かつて流れていた川や水路の痕跡、つまり暗渠からたどり、現在とはまったく違う東京の姿をとらえようとするものだ。

book_20230227085623.jpg

 著者の本田創さんは、1972年東京都新宿区生まれ。東京大学文学部卒。小学生のころにもらった東京の古い区分地図で、川や暗渠の探索に目覚め、1997年からその成果をウェブサイトで公開している。著書に『東京暗渠学』(洋泉社)、編著・共著に『東京暗渠散歩・改訂版』(実業之日本社)などがある。

「暗渠スケープ」がヒントに

 本田さんは、暗渠をひもとくときの鍵になるのが、「景観」「空間」「時間」という相互に密接に関連する3つの軸だという。そして、暗渠特有の景観やそれを構成する要素を「暗渠スケープ」と呼んでいる。

 暗渠のタイミングを基準に2つに分けている。暗渠化前に形成されたものとして、橋、水門、染物屋、釣り堀、池、道の蛇行などがある。暗渠化後に形成されたものとして、コンクリート蓋、車止め、緑道、背を向ける家並みなどを挙げている。

 本書の構成は以下の通り。地図や古地図、写真などをもとに、東京の暗渠の歴史と今をたどっている。

序章 暗渠スケープと景観・空間・時間

1部 江戸・東京の行楽地・繁華街と暗渠
 1章 江戸期から戦後のまちの記憶を刻む川 水窪川
 2章 渋谷のまちの発展と川 宇田川・神泉谷・三田用水神山口分水
 3章 江戸から昭和の行楽地を彩った川 羅漢寺川

2部 震災復興期の市街地拡張と暗渠
 4章 街道から鉄道へ まちの軸の切り替わりがもたらした人工河川 松庵川(大宮下水溝)
 5章 川と接続された用水網 品川用水
 6章 丘を越え、水を運ぶ 石神井中用水(根村用水・稲付川)
 7章 東京低地の水路網 上下之割用水

3部 郊外の記憶と暗渠
 8章 ひと昔前の郊外の記憶 北沢川・北沢分水
 9章 戦後まで続いた水確保の駆け引き 入間川・深大寺用水・仙川用水
 10章 新田開発と玉川上水の分水 大沼田用水
 11章 今も生きている用水路網と水田 四谷用水

終章 東京を覆う5つの水路網とその消失

池袋にも渋谷にも暗渠の歴史がある

 かなり網羅的に東京の暗渠について書いている。その中から、いくつか具体的に見てみよう。たとえば、池袋駅東口を源流としていた水窪川。大塚、護国寺を経て江戸川橋で神田川に注いでいたが、流域の市街地化により1933年前後に暗渠となって姿を消した。

 明治後期の地形図には、池袋駅東側の凹凸地形が描かれている。かつて一帯は「蟹ケ窪」と呼ばれる窪地があり、南側には森林に覆われた小高い丘が広がっていた。明治時代の後半には丘は東武鉄道の創業者・根津嘉一郎の所有となり、「根津山」と呼ばれるようになった。

 この山はやがて切り崩され、その土は水窪川の窪地を埋めていった。土地の凹凸が平坦化されていった過程で、水窪川の上流部は暗渠化後の痕跡をも失った。

 下流に進むと、路地として流路の跡をたどれるようになる。暗渠は住宅地の裏側を縫うように流れている。暗渠沿いには井戸や銭湯、谷に降りる階段など、暗渠らしい景観が見られる。

 音羽には江戸時代には岡場所(私娼街)があったという。「江戸市内の谷筋の水の気配のある土地はしばし岡場所を引き寄せるが、ここもその1つだったのだろう」と書いている。

 1842年、江戸市内の岡場所は江戸四宿(新宿・品川・千住・板橋)を除き、取り潰し対象になり、音羽の岡場所も消えたという。
 渋谷のセンター街・井の頭通り付近の地名は宇田川町だ。かつてまちを流れ、現在は暗渠になっている渋谷川の支流・宇田川に由来する。いくつも支流があり、唱歌「春の小川」の舞台とされる河骨川もその1つだ。

 NHK放送センター敷地の南側に、随筆『武蔵野』を書いた作家・国木田独歩が住んでいたそうだ。田山花袋は『東京の三十年』で彼の家を訪れたときの風景を記し、水車が動いていたことにふれている。

 別の支流は、京王井の頭線の神泉駅近くが水源だった。この付近は円山町の花街となり、現在はラブホテル街となった。音羽でもそうだったが、水の気配が「性」とつながるものがあるのだろうか。

 中央線の西荻窪駅の近くに通称「松庵川」と呼ばれる暗渠がある。50年ほどしか存在しなかった人工的な川であること、中流部までは直線的なジグザグの流路になっているのはなぜかという謎に迫っている。いくつもの地図を使った分析がすばらしい。

 起伏に富んだ山の手や、水はけのよい台地が広がる武蔵野とは異なる東京の低地の水路網の変化についても詳しく取り上げている。

川と人との関係が変わり暗渠に

 東京の暗渠化は、関東大震災の復興期と高度経済成長期の2期に分けられるという。生活の糧の源泉となるインプット元(飲用水、生活水、農業用水)だったのが、生活の残滓のアウトプット先(下水、生活排水、工業廃水)に変化。ありがたいもの、不可欠なものだったのが、迷惑なもの、邪魔なものへと変化したことが、その根底にあった、と見ている。

 言い換えれば、川と人との関係の変化が暗渠化を進めたのだ。暗渠を知ることで、かつての土地の記憶が蘇ってくる。

 評者も東京ではないが、近所の暗渠が気になり、少し調べてみた。高台のふもとを流れているかつての農業用水の跡であることが分かった。そして、道路では気がつかない、さまざまなヒントが暗渠にあることを知った。「暗渠を通じて、まちへのまなざしの解像度を上げる」という著書のもくろみは、確実に伝わったのである。



 


  • 書名 水のない川 暗渠でたどる東京案内
  • 監修・編集・著者名本田創 著
  • 出版社名山川出版社
  • 出版年月日2022年8月30日
  • 定価2200円(税込)
  • 判型・ページ数A5判・207ページ
  • ISBN9784634152182

ノンフィクションの一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?