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ソウル・清溪川の復元に影響された日本橋・首都高速の地下化

水辺の賑わいをとりもどす

 東京・渋谷駅周辺の再開発事業が進むなか、暗渠となっていた渋谷川の一部が再生され、ここちよい水辺の空間がこのほど(2018年9月)完成した。このプロジェクトにかかわるなど、水辺再生の専門家として知られる芝浦工業大学名誉教授の中野恒明さんの新著が『水辺の賑わいをとりもどす』(発行・花伝社 発売・共栄書房)だ。

 バブルの頃、ウォーターフロントの再開発が叫ばれ、日本各地で港湾、運河や川岸にホテルや商業ビル、レジャー施設がつくられたが、一過性のブームに終わった感がしないでもない。ところが世界ではその後も大規模なプロジェクトが進み、点から線へ面へと水辺空間の革命が展開しているようだ。本書は著者が踏査した、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなど28のエリアの事例を豊富な写真と図版で紹介したもの。中野さんの退官記念研究報告の一部だが、観光ガイドとしても十分有益で見ていて楽しい本だ。

 なぜ水辺空間にいま注目が集まるのか。中野さんは歴史的な流れをこう説明する。もともと多くのまちは水辺に成立した。それは当然ながら自然災害から身を守る手立てを講じてきた。産業革命以降、産業、物流の拠点として大いに賑わった水辺空間は、20世紀の都市拡張期に「生活街」でなくなり、自動車社会となるなかで、河川・運河の埋め立てや暗渠化、高架高速道路の建設が進んだ。ところが、1970年代以降、世界各地で反公害など市民意識の変化とともに、高架高速道路の撤去や地下化を求める市民の声が広がった。そして80年代以降、水辺に残された歴史的建物や街並み保存運動が広がりをみせ、「生活街」復活の機運が高まった。さらに水際の遊歩道の整備などが進み、人々が水辺に戻ってきたと。

運河沿いが最先端のまちになったパリ

 28の事例のうち、評者もたまたま行ったことのあるフランス・パリのサンマルタン運河について紹介しよう。真夏のパリ散策のさなか偶然通りかかり、運河沿いにブティックやカフェ、レストランが立ち並ぶさまに癒された。今ではパリで最先端のまちと言われるようになったが、かつては犯罪も多い荒廃した地帯だった。運河を埋め立てて自動車専用道路をつくる計画が70年に浮上したが、74年に当時のジスカール・デスタン大統領が中止を決め、パリ市は運河沿いの街区の修復計画を立て、その後魅力的なまちになったという。パリでは2002年からセーヌ川右岸の自動車専用道路約3キロを夏のバカンス期間1か月(その後2か月に)閉鎖し、バカンスに行けない庶民のための海岸、人工の砂浜「プラージュ」として開放している。川と市民の距離がとても近いのだ。

高架高速道路を撤去し清流復元したソウル

 韓流ドラマを見ていると、ソウルの中心部を流れるせせらぎのような小さな川を主人公カップルが散策する光景がよく登場する。それが05年に再生された清溪川(チョンゲチョン)だ。中野さんによると、かつて高架高速道路が走り、一部は暗渠となっていた川だが、その後大統領になった李明博氏がソウル市長時代に、それらを撤去し清流へと復元した。代替の道路はつくられず、さらに都心部の高速道路の撤去が続いているという。着手からわずか2年で実現されたこの河川再生事業は、世界各地の水辺再生に大きな影響を与え、スペイン・マドリッドやアメリカ各地でのウォーターフロント近傍の高架高速道路の撤去運動に拍車をかけたという。東京・日本橋上空の首都高速道路の撤去と地下化の議論もこうした流れの中にある。

日本で臨海地区に住むことのリスク

 世界各地の事例を見ると、たんに水辺が観光や散策の場であるだけでなく、居住の場になっていることがわかる。しかし日本では多くの水辺が商業地や工業、物流のための地区に指定され、住宅立地が規制されている。水辺の「生活街」の復活は禁句とされている、と中野さんは書いている。

 さて、本書を読んで複雑な思いにとらわれたのも事実だ。それは日本の特殊性だ。法的なこともさることながら彼我の自然環境の違いが気になる。言うまでもなく地震と津波、台風の被害を受ける機会の多い日本で臨海地区に住むことの潜在的なリスクをどう評価するかということだ。美しく整備された海外の臨海地区の写真を見て、3・11以降さらにリスク管理が問われるようになった日本でどう海外の事例を応用していくのか、さらなる努力が求められると思った。本書は水辺に関心のある多くの建築家、都市計画に携わる人、市民の参考になるだろう。  

  • 書名 水辺の賑わいをとりもどす
  • サブタイトル世界のウォーターフロントに見る水辺空間革命
  • 監修・編集・著者名中野恒明 著
  • 出版社名発行・花伝社 発売・共栄書房
  • 出版年月日2018年9月25日
  • 定価本体2800円+税
  • 判型・ページ数四六判・332ページ
  • ISBN9784763408679
 

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