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ソウル路地探索のお供に 梨泰院は出てきません!

ソウル おとなの社会見学

 今年(2022年)10月、韓国・ソウルの繁華街、梨泰院(イテウォン)で多数の若者が亡くなった転倒事故は、世界に大きな衝撃を与えた。現場の路地が、想像以上に狭く小さかったことに驚いた人も多いだろう。本書『ソウル おとなの社会見学』(亜紀書房)に、梨泰院は登場しない。それどころか、「わざわざソウルでなくても、という声が聞こえてきそうなものに敢えて目を向けてまとめた」ソウル本である。観光ガイドブックでは知ることのできない、韓国とソウルの姿が描かれている。

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 著者の大瀬留美子さんは、ソウルで日本人向け観光情報サイトの取材をしながら、ブログ「韓国の近現代文化遺産(旧韓国古建築散歩)」を主宰。韓国の古いもの、せつないもの、笑いをテーマに発信している。

 本書が取り上げるテーマは16。道、川、渋いビルディング、看板、暗渠、高低差、町工場、レトロな喫茶店、謎の地下空間、日常に溶け込んださまざまな歴史の痕跡とそれを刻んだ碑石、銅像、ソウルに暮らす人々の生活などから構成されている。

 「ブラタモリ」のソウル版という趣の章もあれば、関川夏央さんの名著『ソウルの練習問題』を思わせるような記述もある。また、かつての日本支配時代の痕跡、市内に残る朝鮮戦争の傷跡にも誠実に向き合っている。

 興味を持ったパートからどこでも読むことができる。韓流ドラマのファンである評者もドラマに出てくる光景を重ね合わせながら、楽しく読んだ。

川の多くが暗渠になったソウル

 たとえば暗渠。ソウルは東西を横切って漢江(ハンガン)が流れており、その支流の多くが暗渠化された。中心部を流れる清渓川(チョンゲチョン)は、かつて約5.8キロにわたる構造物に覆われた暗渠だった。その上には1976年に建設された高架道路が通っていた。

 のちの大統領・李明博がソウル市長選の公約に老朽化した高架道路を取り除き、清渓川を復元すると掲げた。当選すると、2年強のスピードで実現した。

 多くのドラマで恋人たちが、夜ライトアップされた、せせらぎ沿いを歩き、愛をかたらうシーンを見たことがあるだろう。

 本書で大瀬さんは復元前の暗渠状態である清渓川の一部を特別公開したイベントに参加した際のことをこう綴っている。

 「暗渠内部に入ると下水の臭いが漂い、しばらく進むと茶色く濁った水が流れているのが見え、その先に立派な石のようなものが見えた。広橋(クァンギョ)の橋桁だと思われた。(中略)闇の中見上げる と意外にも車の行き来する音は耳をすましても聞こえなかった。きれいになった清渓川を歩くたびに、広橋の橋桁付近を流れる茶色く濁った水を思い出す」

 蔓草川(マンチョチョン)の暗渠は、大ヒット映画「グエムル」(2006年)で、グエムル(怪物)が身を潜める下水道の撮影地になったという。日本統治時代から1990年代後半まで旭川(ウクチョン)と呼ばれ、ソウル駅周辺の川沿いに日本人経営の工場が多く並び、急激に都市化が進んだエリアだそうだ。1960年代以降、暗渠化され、その一部に1972年竣工の西小門(ソソムン)アパートが立っている。カーブを描いた長さ115メートルの独特の景観を写真付きで説明している。レトロマンション愛好家の間で人気だという。

韓国でポピュラーな「まち歩き」

 韓国では、まち歩きのことを「タプサ(踏査)」と呼ぶそうだ。日本で踏査というと、調査をメインに専門の知識を持った人たちが歩く、ややかたいイメージがあるが、韓国では「タプサ」はもっと気軽に使われていて、まち歩きの達人やまち歩きが好きな人を「タプサガ(踏査家)」と表現するそうだ。

 大瀬さんの「タプサガ」らしさがよく表れているのが、民家の並ぶ路地の観察だ。韓流ドラマを見ると、韓国では単独住宅の塀が高めで、家の大きさにかかわらず大門(テムン=表門)と呼ばれる門がついていることに気がつくだろう。大門の上に鉢を置くスペースがあり、鉢が並んでいるのが、韓国らしい、と指摘している。

 個人商店前や住宅街のあちこちに椅子が置いてある。町のあちこちにシムト(休憩処)というスペースがあり、年配の人々が談笑し、将棋や囲碁をしている。韓流ドラマを見ていて、ほっとする光景だ。

 ソウルには、丘にびっしりと建てられた低層の集合住宅や戸建て住宅、漢江沿いに立つマンションなど、いろいろタイプの住宅がある。山に囲まれ起伏に富み、真ん中に大きな川が流れるソウル独特の景観についても詳しく解説している。

 日本のマンションのことを韓国では、アパートと呼ぶ。現存する最も古いアパートが、中心部、南山洞(ナムサンドン)にある三國アパートだ。戦前に日本企業が日本の同潤会アパートの平面図をそのまま導入して建てたものだ。外観は完全に改修されているが、形やデザイン自体は変わっておらず、写真を見ると同潤会アパートを彷彿とさせる。

 韓国を訪れハングル表記の看板や案内標識類に囲まれると、頭がくらくらして乗り物酔いのような症状が出ることを「ハングル酔い」と呼ぶそうだ。線と丸、四角の組み合わせというハングルの視覚的な刺激は意外と強いという。「薬」「本」などを意味する1文字看板も多く、「大変シンプルでパンチ力があるためスパイスを利かせてくれる存在だ」と説明する。

 ハングルの初心者である評者は、来年初めての韓国旅行を計画している。ドラマの聖地を訪ねる一方、名も知らぬ路地をさまよい歩きたい。その際、手元に本書を持って行くつもりだ。紹介したスポットの住所や行き方も載っているので、ガイドブックにもなる。 BOOKウォッチでは、韓国ドラマのロケ地ガイド本『韓ドラTrip! ロケ地巡り完全ガイド VOL.1』(東京ニュース通信社)を紹介済みだ。

 


 


  • 書名 ソウル おとなの社会見学
  • 監修・編集・著者名大瀬留美子 著
  • 出版社名亜紀書房
  • 出版年月日2022年10月 4日
  • 定価1980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・247ページ
  • ISBN9784750517629

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