本書『絶望の自衛隊』(花伝社発行、共栄書房発売)は、自衛隊の中のさまざまな理不尽さに声を上げた人たちの証言を集めたルポルタージュである。いじめや虐待の実態を読むと、旧日本軍の悪しき「伝統」は、そのまま自衛隊に引き継がれた印象を受ける。防衛費の増額が検討される今、自衛隊の体質が問われている。
著者の三宅勝久さんは、ジャーナリスト。フリーカメラマン、山陽新聞記者を経て現職。自衛隊内のいじめ問題を20年以上、取材してきた。著書に『悩める自衛官』『自衛隊員が死んでいく』『自衛隊という密室』などがある。
冒頭で、2022年8月に、訓練中に性的暴力を受けたとして、実名を公表した元陸上自衛官の女性に触れ、当事者が堂々と前面に出て声を上げたことや、その行動に多くの人が共鳴したことに驚いている。「矛盾に満ちた自衛隊社会の底で質的な変化が起きている」と書いている。
本書の構成は以下の通り。裁判などで自衛隊のいじめ体質が明らかになり、国の責任を全面的に認める司法判断が続いた後も、何ら変わっていないことがわかる。章タイトルを見るだけで、陰鬱さが伝わってくるだろう。
1章 ダンスを愛した新隊員の死 2章 自殺寸前に追い詰められた現職海曹の告発 3章 陸上自衛隊高等工科学校残酷物語 4章 虐待横行の防衛大学校を告発する 5章 証拠なしで自白迫る陸自警務隊の無法捜査 6章 就活失敗で入隊して知った「人間破壊工場」の実態 7章 空自情報保全隊の幹部はなぜ自死したのか 8章 「靴磨きイジメ」と陸曹教育隊の闇 9章 代休を取らせない海上自衛隊の「ブラック企業」体質 10章 海自輸送隊「おおすみ」衝突事故の真相を追う
読むうちにやるせなさが募ってくる。度を超したいじめや虐待の実態が綴られているからだ。たとえば、第4章。防衛大学校を退校した男性が、防衛省と上級生8人を相手取って約2300万円の賠償を求めた訴訟を取り上げている。
「生徒間指導」と称して、廊下で会うたびに殴ったり蹴ったりしてくる上級生。休日には外出を禁止され、床のワックス掛けをさせられ、罵詈雑言を浴びせられる。試験期間中なのに、ささいなことで「反省文」を何度も書かせられた。
下級生いじめには加担しないという姿勢が周囲の不興を買い、上級生だけでなく同期生も攻撃に加わった。精神的に危険な状態になり、休校して実家に帰った。
一審の福岡地裁判決では、被告8人のうち7人について責任を認め、それぞれ5~40万円、計95万円の賠償を命じた。国については責任を否定した。控訴審で福岡高裁は2020年12月、「教官は、上級生が暴力を振るったり精神的苦痛を与えたりしてはならない旨の適切な指導をすることが可能だった」などとして防衛大の安全配慮義務を認め、国に慰謝料など約268万円の支払いを命じる逆転判決を言い渡し、判決は確定した。
就活に失敗して、海上自衛隊に入った男性は、一任期3年で辞めた。無職でも構わないと思えるようになったという。就職先として自衛隊は「やめたほうがいい」と断言、次のように語っている。
「自衛隊は本当にブラックですよ。もし戦場に行くようになれば、いま以上に桁違いの人が、辞めるか、逃げるか、死ぬでしょう。間違いない。死ぬというのは、戦闘でという意味じゃありません。自殺です」
旧日本軍内部の理不尽さを描いた文学作品は、野間宏の『真空地帯』など、枚挙にいとまがない。しかし、それらは「戦争だから仕方がない」と等閑視されてきたのではないだろうか。本書を読み、上級兵の下級兵いじめは形を変えて、今も残っていると思わざるをえない。
BOOKウォッチでは以前、『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社)を取り上げた。「全国異動なのに引っ越し費用は半額自腹」であることや、「駆けつけ警護で命を懸けてもPKO保険料は自己負担」など、自衛隊員の待遇改善を求める内容だった。
だが、待遇以前に自衛隊は人を人として遇するという基本に立ち返らなければ、組織として機能しないのではないかと危惧する。なぜ毎年、新規採用者の3分の1に相当する約5000人の自衛官が中途 退職しているのか。たとえ防衛予算が大幅に増額しても、それを支える人がいなければ、どうにもならないだろう。「人間破壊の現場から」という副題が重くのしかかってくる。
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