10月14日は鉄道記念日。特に今年(2022年)は、鉄道開業150周年に当たるため、関連のイベントやテレビ番組の放送で盛り上がっている。明るい話題の陰で忘れていけないのは、いま、人口減、IT化、コロナ禍を受け、鉄道は再び危機に瀕していることだ。本書『国鉄』(中公新書)は、戦後、日本の鉄道を支えてきた国鉄の歴史を振り返り、鉄道再生の道を模索する意欲作である。
著者の石井幸孝さんは1932年生まれ。1955年、東京大学工学部卒業、日本国有鉄道入社。開発期のディーゼル車両設計に従事した後、経営全般に転進。広島鉄道管理局長、常務理事・首都圏本部長などを歴任。1987年の分割民営化にあたってJR九州社長となり、条件の悪いなか、JR九州の経営を軌道に乗せた。会長を経て、2002年退任。鉄道史の研究を続けるとともに、鉄道の未来について提言を行っている。著書に『蒸気機関車』(中公新書)、『キハ58物語』『DD51物語』『九州特急物語』(いずれもJTBキャンブックス)など多数。
石井さんほど、副題の「『日本最大の企業』の栄光と崩壊」というテーマで、国鉄について叙述するのにふさわしい人はいないだろう。国鉄と分割民営化されたJRについては、労務問題に焦点が当てられがちで、BOOKウォッチでも労働組合をめぐる本を取り上げることが多かった。
石井さんは本社採用のキャリア組だが、技術系なのが特長だ。まずディーゼル車両の開発に当たった。SL(蒸気機関車)を全廃し、ディーゼル車両へ転換するという国鉄の動力近代化の現場に立ち会った。そのため個々の車両にも触れ、生き生きと描いている。つまり、組合の抗争や当局との合従連衡を中心とした「空中戦」ではなく、鉄道車両の現場というわかりやすい「モノ」を通して国鉄の歴史を語ることができる人である。
2つ目に、JR九州の初代社長として、国鉄からJRへの転換を成功させた1人であること。また、条件のいい本州3社とは違う、いわゆる「三島会社」JR北海道、JR四国、JR九州への目配りができるため、鉄道の生き残りについて、より真剣である。
そうした石井さんにふさわしい、以下のような構成になっている。
第1章 戦後の混乱と鉄道マンの根性 第2章 暗中模索の公社スタート 第3章 栄光としのびよる経営矛盾 第4章 鉄道技術展魂 第5章 鉄道現場と労働組合 第6章 鉄道貨物の栄枯盛衰 第7章 国鉄衰退の20年 第8章 国鉄崩壊と再起 終章 JR誕生と未来国鉄分割民営化のきっかけの1つになった組合問題にも当然ふれている。「中央集権の本社と、責任だけは思い地方局長の実態のなかで、現場長は、現場管理・運営の矛盾を一身に背負うことになる」
石井さんも労使交渉の矢面に立ったという。昭和46年(1971年)、北海道最大の工場、苗穂工場技術次長になった。生産性向上運動、いわゆる「マル生」運動で労使問題が最悪の時期の北海道への転勤だった。
工場全体が暗い空気に包まれていた。難しい話をしても駄目だと、坂本九の歌にちなみ、「過去のことはいいから、前向きに、上を向いて歩こう」とあいさつしたという。
国鉄の労使関係を振り返り、当局側、労働側ともに対症療法の連続で、「労使関係の経過は、経営の裏面史であるとともに、また現実にはこれこそが国鉄の現場実態そのもので、国鉄の本質を物語るものであったといえる」と書いている。
スト権ストで貨物輸送は自滅したが、新幹線を利用した物流にこそ、日本の鉄道の未来があると提言している。前著『人口減少と鉄道』(朝日新書)では、新幹線による拠点物流によって、行き詰っている長距離トラックに代わる画期的な物流システムを構築すると提言していたものを具体化させている。
半官半民の「JR新幹線会社」を設立。コロナ時代で、旅客優先から貨物優先に時代はシフトしており、全国新幹線網を旅客、貨物が対等に使用することなどを提案している。北海道・東北や九州など地方活性化への起爆剤になるとともに、貨物輸送時間の短縮と有利なエネルギー効率、長距離ドライバー不足の解消、災害時の強靭さなどのメリットを挙げている。
国鉄の過去を振り返るばかりではなく、コロナ禍後にパラダイムシフトを迫られているJRの将来を見据えた建設的な提言である。「離れ小島」で開業した西九州新幹線の今後の展開や赤字がさらに増えそうな北海道新幹線の活用についてもふれている。
鉄道開業150周年の次の50年後に、日本の鉄道は生き残っているのか? 多くの人に読んでもらいたい1冊だ。
BOOKウォッチでは関連で、『どう変わったか? 平成の鉄道』(鉄道新聞社)、『暴君 新左翼・松崎明に支配されたJR秘史』(小学館)、『トラジャ JR「革マル」30年の呪縛、労組の終焉』(東洋経済新報社)などを紹介済みだ。
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