丹羽宇一郎さん、83歳。伊藤忠商事の社長として約4000億円の不良資産を一括処理。尖閣国有化をめぐり最悪の日中関係のなか、中国大使として関係正常化に奔走する――。
本書『生き方の哲学』(朝日新書)は、どれほどの困難に見舞われようとも、丹羽さんがブレずに貫いてきた「生き方の哲学」を明かす1冊。
人間にとってのお金、仕事、幸福、成功、老い、死とは何か。こうした「生きていくうえで直面する根っこの問題」について、綺麗ごと抜きに、歯切れよく、わかりやすい言葉で書かれている。
苦しいときこそ、迷わず、まっすぐ生きる。誰かがきっと見ている。
生きている限り悩みは尽きない。それでも、生きる姿勢が定まれば、人生はもっと楽しくなる。
本書は「第1章 『ペン』より『パン』――人間はお金を常に求める動物だ」「第2章 仕事──働くことは生きること」「第3章 成功──出世を目ざして出世したヤツはいない」「第4章 覚悟──死ぬまでベストを尽くせ」「第5章 生きる──いつも自分の心に忠実に生きよ」の構成。
「第2章 仕事」のはじめに、「人生は仕事、仕事は人生そのものであり、働き方は生き方そのものだというのが、私の揺るがぬ信念」とある。
コロナ禍による働き方の最大の変化は、テレワークの普及。これまであいまいだった、いつ何をどのくらいしたか、どんな成果をもたらしたかが明確になり、人事や報酬に反映される。つまり、徹底した「成果主義」が導入されることになる。
これからは就職や転職の際に「仕事をするうえで何を得意としていますか」と問われ、スペシャリストでなければ生き残れなくなる、と丹羽さんは考える。
「専門性の高い技術や資格を持っているかいないかによって、従業員も二極分化するようになるでしょう。それは正規、非正規にかかわらず、です。自分の得意とするものは何ですか。何を目的に働いていますか」
では、自分の得意分野がわからない人が、仕事で成長するにはどうすればいいか。丹羽さんは2つの助言をしている。
1つは、「これは忘れたくない」と思ったことを書き留めておくこと。新聞や雑誌で「おっ」と心に留まったことをメモ帳に走り書きをして、あとでノートに書き写す。これを丹羽さんは何十年と続けているそうだ。
「必ず成長の糧になります。情報や知識だけではなく、全身が打ち震えるような感動、湧き上がるような喜び、血管がちぎれるほどの悔しい思いを、新鮮なうちに書き残してください」
2つ目は、読書をすること。本屋の息子として生まれ、ベストセラー『死ぬほど読書』の著書があり、ビジネス界きっての読書家で知られる丹羽さん。読書の最大の効用は「感情や感性が豊かになること」だという。
「喜怒哀楽の彫りが深くなり、感激、感動がより大きくなります。そうして人生が深く耕されます。(中略)毎日、読書を続けた人と読書を続けなかった人、その差は二〇年ほど経つと歴然としてくるような気がします」
ちなみに、本にマーカーを引いたり付箋を貼ったりする程度では、ほとんど力にならないそうだ。目で見て、声に出して、耳で聴いて、手で書いて......「読書は頭ではなく、身体でするもの」なのだという。
「第5章 生きる」も興味深い。
5人兄弟の次男として生まれた丹羽さん。質素倹約の時代で、服も文房具も長男の御下がり。御下がりは自分が使い倒し、三男は新品を買ってもらえる。そのとき、丹羽少年は思った。「この野郎! なぜ自分だけ御古なんだ、おかしいじゃないか」
そこを原点に、弱い者いじめを許せない高校生、安保闘争に力を入れる大学生、上司であろうとおかしいことをおかしいと言う社会人になっていく。
理不尽を見過ごせない性分、反骨精神......「私のような人間ができたのは、自分が筋金入りの次男だったことが少なからず影響しているんではないだろうか」と、丹羽さんは見ている。
最後に1つ、「一歩踏み出せば、見える風景が違う」を紹介したい。
「私たちがすることは、その時点での自分のベストです。成功しようが、失敗しようが、それが自分の能力と人生の最大限の結果、ということです。(中略)今もあなたは過去、現在、未来の真ん中に立っています。それでも一メートル前進すると、その場所と一メートル後ろにいたときとは見える風景が違います」
なぜあのときあの選択をしたのか、なぜあのときもっとがんばらなかったのか、という思いは誰にでもあるだろう。それを「その時々のあなたのベストなんです」と言われると、過去の自分に対する後悔まじりの視線が断ち切られ、長年のもやもやが取り払われた気がしてくる。
「あなたの人生の背骨をつくる1冊」と表紙にあるが、まさに。丹羽さんに活を入れてもらい、シャキッとした。どの世代が読んでも、何らかの生き方のヒントを得られるだろう。
■丹羽宇一郎さんプロフィール
元伊藤忠商事株式会社会長、元中華人民共和国特命全権大使。1939年、愛知県生まれ。名古屋大学法学部を卒業後、伊藤忠商事に入社。98年、社長に就任。99年、約4000億円の不良資産を一括処理し、翌年度の決算で同社史上最高益(当時)を記録。2004年、会長に就任。内閣府経済財政諮問会議議員、内閣府地方分権改革推進委員会委員長、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画(WFP)協会会長などを歴任し、10年、民間出身では初の駐中国大使に就任。現在、公益社団法人日本中国友好協会会長、一般社団法人グローバルビジネス学会名誉会長、福井県立大学客員教授、伊藤忠商事名誉理事。著書に『仕事と心の流儀』『社長って何だ!』『部長って何だ!』『会社がなくなる!』(以上、講談社現代新書)、『死ぬほど読書』『人間の本性』『人間の器』(以上、幻冬舎新書)など多数。
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