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少女から大人へ――ハーブの香りただよう物語

サラと魔女とハーブの庭

 七月隆文(ななつき たかふみ)さんの『サラと魔女とハーブの庭』(宝島社)は、タイトルと装丁からして、物語の情景が目に浮かんできそうだ。

 おばあちゃんの薬草店(ハーブショップ)、自分だけの手作りの部屋、魔法の本のような日記帳、そして、私だけのハーブティー......。

 本書は、子供じゃなくなろうとしている微妙な年頃の少女と"もう一人の少女"の、ハーブの香りただよう大人への物語。

 女優・羽田美智子さんが帯にコメントを寄せている。

 「色、匂い、味、音、感触、全てが鮮明に迫ってくる物語。ハーブの魔法にかけられたようです。なんとも言えない心の機微をこんなに的確に表現できる文章があるのか。言葉にならない心の描写が甘酸っぱい響きをもって胸に迫ります」

空想の友達が現れなくなった

 由花は自分のことを「困った子供」と思っている。中学校になじめず、不登校に。まだ春休みが始まっていないうちから、おばあちゃんのいる田舎へお世話になりに行こうとしていた。

 由花には、サラという名の空想の友達がいる。ススキ色の髪、深い青のワンピース、白い花の髪飾り。おしゃべりで、いきいきとして、いつでも由花の味方。さみしいとき、つらいとき、寄り添い、抱きしめてくれる。

 「『永遠じゃないわ』。泣きたいことも、なんだって、永遠じゃない。サラの口癖」

 もの心ついたときから、おとなしくて不器用な由花にとって、サラはたった一人の親友だった。ところが、小学五年生の頃から、サラはあまり現れなくなった。由花は今年で一四歳になる。

 「それはきっと。――私が子供じゃなくなろうとしているからだ」

ハーブの香りに包まれた

 おばあちゃんが薬草店を始めたのは、由花が五歳のとき。由花がここに来るのは、それ以来だった。そしてここは、由花がサラと出会った場所でもある。

 由花が店に近づいていくと......「ハーブの香りに包まれた」。

 「たくさんの花と草。甘くて、爽やかで、鼻の中がすっとして、頭の奥のこわばりがやわらかく解けていく。いろんなハーブを漬け込んだ薄いシロップみたいな空気」

 おばあちゃんは、フィンランド人のクォーター。ちりちりと広がった白髪と、ゆったり長いシルエットの服。「海外のファンタジーに出てくる魔法使いみたい」と由花が思ったとおり、ご先祖様は北欧の魔女だったという。この異空間とハーブの香りに、由花の心は浮かんだ。

 「――私は落ちこぼれたんじゃない。学校から逃げたのは、あそこにいると『子供の心』を失わされてしまうと気づいたからだ」

 由花はここで、またサラに会えた。おばあちゃんとサラとの田舎暮らしは、由花の心を満たし、変化をもたらすこととなる。

一人の少女の成長を見守る

 本書は五感を刺激される。物語の設定も、行間が広めに空けられたページのつくりも、童話のような雰囲気を感じる。

Episode1 サラ(ローズ オイルトリートメント)
Episode2 薬草店の手伝い(ニオイスミレ サービスティー)
Episode3 不機嫌は負け(ミント ラベンダー パン酵母 由花のハーブティー)
Episode4 小林君という男子が来た(お守り)
Episode 緑

 由花は「おばあちゃんの後を継ぎたい」と考えるようになり、薬草店の手伝いを始める。最初はお客さんに「サービスティーです、どうぞ」と言うだけで「心臓がばくばく」としていたが、しばらく経つとすっかり慣れ、充実した日々を送っていた。

 そんなある日、店に同年代の男子がやって来た。その男子のまわりが光って見えた。つまりこれは、由花の初恋だった。

 「男子がこんなふうに映るのは、由花にとって初めてのことだった。心臓がぱくぱくとして、息が浅くなる」

 仕事を覚え、人間を学び、恋を経験した由花は、子供と大人の間にある違和感にどんな決着をつけるのか――。読者はハーブの香りを感じながら、一人の少女の成長を見守ることとなる。やさしい気持ちになれる物語だ。

 本書は、「リンネル」(2019年9月号~2020年11月号)の人気連載を書籍化したもの。

 七月さんは大阪府生まれ。京都精華大学美術学部卒。ライトノベルから一般文芸まで幅広く活躍。『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2014年、宝島社文庫)は口コミで広がり、160万部を超えるベストセラーに。16年映画化。



 


  • 書名 サラと魔女とハーブの庭
  • 監修・編集・著者名七月 隆文 著
  • 出版社名宝島社
  • 出版年月日2020年10月23日
  • 定価本体1300円+税
  • 判型・ページ数四六判・240ページ
  • ISBN9784299009630

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