1980年代半ばからの航空業の規制緩和でバラエティー豊かになった日本の航空会社だが、その「両雄」といえば、以前も今も、そしてこれからも、日本航空(JAL)と全日本空輸(ANA)になろう。2年後にオリンピックイヤーが迫り、両社の間ではすでに、首都圏での空港発着枠などをめぐる駆け引きなどで、戦いが熱を帯びているという。
五輪という大きな商機が控えているためか、大学生の「人気就職企業」のランキングでも近年は両社そろって上位キープが続き、ワンツーフィニッシュも珍しくない。就職希望ばかりでなく、航空便の利用でも、JALかANAということならどちらもOKというお任せ派が大半に違いない。あなたがお任せ派でも、本書『こんなに違うJALとANA』(交通新聞社)を読めば、いずれかのこだわり派に変わるかも。
就活の学生ら若い世代にとっては、JALとANAも華やかな航空業界の頂点に立つ2大企業であるが、かつての両社の差を知る世代にとっては、隔世の感を禁じ得ないといったところだろう。「戦後の航空政策の中で、JALは国策会社ということで中心に置かれ、民間企業のANAは『寒風』にさらされてきた」経緯があるからだ。
JALは保護されてきたのにもかかわらず2010年に経営破綻。JALは経営規模を3分の2に縮小、それまでの放漫経営体質を改め高収益企業に生まれ変わった。この再生プロセスをうまく運んだのも国の手厚い支援。これに対しANAは保護し過ぎと不満を申し立てた。国側はさすがにやり過ぎを認めJALの事業を期限付きで抑制することにした。ANAはこの間を利用して国際線ネットワークの拡張を推進。この結果、ついには国際線での実績でJALを上回り、規模でも完全に追い越すことになったものだ。2016年のIATA(国際航空運送協会)の統計による実績では、ANAが世界24位、JALは28位。
JAL、ANAともに世界的航空会社として肩を並べ国内外でライバル関係にある両社だが、その成り立ちから、JALは「公家」「お役所的」「ウエット」などと表現されるのに対し、ANAは「野武士」「豪快」「クール」という言葉が似合うとされる。「ウエット」なJALはフラッグキャリアとして「日本」をアピールするためビジネスよりおもてなしなどサービスをより重視。一方、「クール」なANAは従業員一人ひとりにビジネス重視が浸透、機内サービスは「マニュアルに忠実」にこなすドライなもので、その方が外国人客にはとくに好まれるという。
著者はANAの国際線ビジネスクラスに搭乗した際に、食事の時間に客室乗務員(CA)がワインを注いで回る回数がJALと比べて1周少ないことに気がついたという。前菜サービス時、メイン料理配膳の際と2回、飲み物を積んだカートが回ってくるのは両社共通。著者はANA搭乗時、2度目のサービスの際にグラスにワインが残っていたためパスして、次のもう1周を待っていたところ来なかったので印象に残ったらしい。
「ANAのサービスは、極めてマニュアルに忠実だ。ワインは『2周すれば完了』といった感じである。これに対しJALは『十分ですか? 足りていますか』という心遣いがある。国内線でも、JALはサービスカートで飲み物サービスがひと通り終わったところで、ジュースやお茶などの大容量パックを持って『もう1杯いかがですか』と回る」
かつてはJALに挑むANAは、自民党に対する社会党、巨人に勝てない万年2位の阪神などとひとくくりにされたこともあったが、いまでは日本最大の航空会社として「与党」のポジションについた。著者はANAでこれから問題になるのは、その「存在意義」と指摘する。野党時代は、航空業界を牛耳ってきたJALをけん制する役割が期待されていたANA。「国営航空」のJALが暴走しないよう歯止めをかけ、サービス低下に陥らないよう、利用者からは、その競争相手となるよう求められた。そして、そのために、JALと十分に戦える規模にまで成長する機会を授けられ、著者は、それは「『JAL独占の日本の空に風穴を開ける』ことを期待」されてのことだったと強調する。
ANAも期待に応えて「風穴を開ける」と言明してきたものだが、著者は「十分ではない」とばっさり。そして、こう嘆く。
「確かに、国際線への参入当初は、割安運賃を多発し、国際線運賃引き下げをリードしてきたが、利用者の不満の高い燃油サーチャージ(付加運賃)で、JALと異なる運賃を打ち出したのは、たったの1回だけ。あとは、運賃テーブルも全く同じで、示し合せたかのように、世界一高いサーチャージを定着させてしまった」
客室などについても、国際線参入当初は居住性などでJALをリードしていたが、いまでは、上級クラスはともかく、国際線エコノミークラスではむしろJALに水をあけられているという。
JALかANAか。どちらを利用するか迷ったら読むべき一冊。
著者の杉浦一機さんは、首都大学東京客員教授を務める航空アナリスト。利用者側からみた航空業界の評論をモットーにして執筆などを行っている。著書に『間違いだらけのLCC選び』『JAL再建の行方』(草思社)『エアライン敗戦』(中央公論新社)『空の上の格差社会』『激安エアラインの時代』(平凡社新書)など多数。
良く知られているように、航空業界は「権益」の奪い合いであり、JALとANAのせめぎあいには深く「政治」が絡んでいる。「航空憲法」を盾に国際線1社体制を死守するために永田町対策を続けたJAL。それを突き崩すために、やはり応援団を開拓したANA。与党の中でもJAL派、ANA派が入り乱れ、とりわけJAL再建では民主党政権、その後の揺り戻しではANAによる自民党工作が目立ったとされる。両社が最も神経を使うのは顧客ではなく、永田町や霞が関だという体質は変わらないことだろう。
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