アジア各地のルポで知られ、近年、超老舗企業や重度認知症の世界をリポ―トしてきたノンフィクションライターの野村進さんが、今回は一転して、日本神話のふるさと、出雲地方を歩き、出雲大社はじめいくつかの神社、鳥取県境港市の「水木しげるロード」、子供も大人も熱狂する石見神楽をルポする。神様や妖怪とおだやかに共存し、「目に見えないもの」を畏敬する人々の暮らしぶりを、共感をこめて語る。
神社の参拝者といえば一昔前は中高年ときまっていたものだが、昨今は御朱印帳を手にした若い女性が各地の神社に押し寄せる。神社ガールといわれる。そのわけを探ろうと、野村さんは大学生の娘さん、その友人の女子大生らと出雲の神社を巡り、おりおり彼女らから感想を聞きだす。昔ながらの「縁結び」「良縁」への切望だけだろうか。彼女らは、しめ縄をかけただけの巨岩を前に「神様にダイレクトに通じる気がする」「畏怖という言い方がぴったりくる」、樹齢千年を超える大杉を仰いで「自分のすべてを任せられる包容力」を感じる。「神社は心のお医者さん」という、ある女性神主の言葉が印象的だ。
「出雲はバリ島である」というのは野村さんの持論だ。バリの神々はヒンドゥー教が土着化した姿で、日本の「八百万(やおろず)の神」と同じく多神教であり、森や山や川や生き物にも精霊が宿る。子どもたちも参加して、神話に基づく物語を演じ、民族楽器を奏でるのも、バリ舞踊と神楽に共通する。背後には深い闇がひかえる。
出雲のすぐ隣の石見地方に残る石見神楽は、伝統芸能でありながら現代のエンターテインメントとして、地域の老若男女に熱烈に支持される。大晦日の紅白歌合戦を見ず、近くの「ふれあいホール」で催される年越し神楽に家族そろって駆け付ける。海外公演にもしばしばでかけるという。これは「ローカリズムの逆襲」ではないか。報告する野村さんも熱が入る。
本書のもうひとつの柱は、水木しげるの世界だ。水木の出身地の境港市は出雲ではないが、出雲のすぐ対岸だ。境港の商店街には、「鬼太郎」「ねずみ男」などの妖怪のブロンズ像がずらっと並び、町起こしをしている、というのはよく知られている。本書によると、たかだか800メートルの商店街の歩道沿いに、点々と妖怪が並ぶ「水木しげるロード」は、予想を超える人気で、妖怪神社、水木しげる記念館、ボディに妖怪を描いた妖怪列車など続々、関連施設ができた。1993年の開設時から年間数十万人は訪れていが、2010年にNHKテレビで「ゲゲゲの女房」が放送されると、観光バスが大挙して乗りつけ、入場者数はなんと372万人に達したという。これは東京の上野動物園と多摩動物公園の年間入場者を合わせた数より多い。23体で始まった妖怪ブロンズ像は現在では177体に増え、観光客は来るたびに新しい妖怪と出会える。このリピーター効果も小さくないようだ。
商店街だから無料、像はさわり放題、子供目線にあわせて高さが2、30センチほど、というのが人気の理由らしいが、ここは昭和30年代の街並みであり、中高年にとって懐かしく、若い世代には新しいからとも。
父方の実家が松江で出雲と縁が深い俳優佐野史郎、水木の弟子を自称する作家京極夏彦の話も面白い。子どものころから水木ワールドに馴染んできた佐野は「闇の世界にこそ救いがある」と言い、京極は、「年齢を重ねるに従って見えないものがみえてきた」「幸福になろうと思ったらボケに限る」という水木を「高齢化社会の福音」と呼んだ。
ところで、野村さんの誠実で綿密な取材ぶりは聞いていたが、本書で意外な取材手法を知った。未知の地に行って事件取材をするとき、旅館にマッサージ師を呼び、体をもんでもらいながら町の実情、複雑な人間関係、噂話を聞くという。なるほど、そういう手があったか、と感心した。
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