最近、「文豪」の言動をテーマにした本の刊行が続いている。本書『文豪たちのずるい謝罪文』(宝島社)もその1冊だが、類書の中ではもっとも読みごたえがあった。作家個人だけでなく、他の作家との関係性まで目配りし、近代日本文学史の見取り図にもなっている。
著者の山口謠司さんは大東文化大学文学部教授。専門は書誌学、音韻学、文献学。著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』(集英社インターナショナル)で第29回和辻哲郎文化賞を受賞。その他の著書に『語彙力がないまま社会人になってしまった人へ』(ワニブックス)、『知性と教養が一瞬で伝わる! 一流の語彙力ノート』(宝島社)など。
文豪たちが謝罪するのは、締め切りの遅れや借金の申し込み、女性問題のトラブルなどが原因だ。本書もそれに従った以下の構成になっている。
第1章 金! 金をくれ! 第2章 〆切から逃げろ! 第3章 文豪VS文豪 第4章 不倫の言い訳 第5章 死ぬ理屈
それぞれ作品や寄稿、手紙を引用し、解説するというスタイルだ。第1章のお金にかんするエピソードが面白い。借金と言えば、石川啄木が有名だが、太宰治もあちこちで借金を重ねた。編集者へ借金を申し込む手紙の一部はこうなっている。
「貴君に対しては、私、終始、誠実、厳粛、おたがひ尊敬の念もてつき合ひました。貴兄に五十円ことわられたら、私、死にます。それより他ないのです」
山口さんは、お金を貸さざるを得ない状況に巧みに持っていくような文体が太宰にはあり、さらに「死にます」とダメ押ししているのが、太宰の恐ろしいところ、と書いている。まさに「殺し文句」だと。
太宰は自分には文学の才能があるから、お金は他人から借りてもいいという選良意識があったようだ。
ノーベル文学賞を受賞した川端康成も独特の金銭哲学を持っていたようだ。「新思潮」の同人だった今東光が梶山季之との対談で以下のように語っている。
「絵を買うったって、何千万もするやつを、『それいただきましょう』だからね。どうするんだか見当つかん。おれなんか逆立ちしても、あんな芸当できないよ。金がなくても、びくともしませんね。『あるやつが出せばいいんだから』ってね(笑い)。強盗だね、まるで」
美術収集家としても有名だった川端だが、どうやって払ったのか、誰もわからないという。
樋口一葉を見出したことで知られる明治時代の作家、斎藤緑雨は「つまり借金は智慧だね」と書いている。山口さんは「借金をすると、世間のうち、どんな人が味方で敵なのか、また、借金を返すにはどうしたらよいのか、よく見通せるようになる」という意味を込めて「智慧」という言葉を使っていると解説している。
このほか、借金を競馬で一発逆転返済しようとした坂口安吾、多重債務を借金で帳消ししようとした詩人・山之口貘、贅沢しないと詩が書けない北原白秋、日銭はすべて酒につぎ込んだ種田山頭火らの金にまつわるエピソードを紹介している。
第3章「文豪VS文豪」には、太宰治が川端康成に宛てた手紙が載っている。どうしても欲しかった芥川賞を取れなかったうらみを書いている。
「小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った」
選評で川端に「作者目下の生活に厭な雲ありて」と書かれたことに反発したという。太宰は川端だけでなく、夏目漱石や志賀直哉にも大きく反発した。華やかな側にいない自分こそ、本当の文学を創るという自負があった、と山口さんは解説している。
太宰が「小説の神様」と言われた志賀を批判した「如是我聞」も引用されている。あまりの悪罵の連続に返って胸がスカッとするほどだ。一部引用しよう。
「どだい、この作家などは、思索が粗雑だし、教養はなし、ただ乱暴なだけで、そうして己れひとり得意でたまらず、文壇の片隅にいて、一部の物好きのひとから愛されるくらいが関の山であるのに、いつの間にやら、ひさしを借りて、図々しくも母屋に乗り込み、何やら巨匠のような構えをつくって来たのだから失笑せざるを得ない」
タイトルには「謝罪文」とあるが、悪口、言い訳、自殺の理由など、対象は幅広い。現代の作家の文章にはない迫力ある文章が収められている。山口さんはこう書いている。
「それにしても激しい生き方をした文豪の言葉というのは、なんとも言えない味わいがある。さすが、言葉と格闘しながら生きた文豪たちの『ずるさ!』とも思うのである」
BOOKウォッチでは、山口さんが監修した『文豪のすごい言葉づかい辞典』(TJ MOOK)のほか、『文豪たちの憂鬱語録』(秀和システム)、『文豪と借金』(方丈社)などを紹介済みだ。
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