読むべき本、見逃していない?

文豪たちは温泉宿の名プロデューサーだった!

  • 書名 “裸”になって本音を見せた文豪が泊まった温泉宿50
  • 監修・編集・著者名週刊朝日編集部 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2019年11月30日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・111ページ
  • ISBN9784023318540

 旅館やホテルについての本や雑誌をたまたま2冊同時に読む機会があり、思ったことがある。文豪たちは明治、大正、昭和において旅行・温泉業界の名プロデューサーではなかったかと。

文豪と温泉宿の濃い関係

 本書『"裸"になって本音を見せた文豪が泊まった温泉宿50』(朝日新聞出版)は、「週刊朝日」2017年11月17日~19年5月17日号に74回にわたり連載された「文豪の湯宿」から、文豪たちとのかかわり方が濃い宿をピックアップした本だ。

 単なる温泉紹介記事ではない。取材・執筆した週刊朝日編集部の鈴木裕也さんは、「自分ではルポ、もしくは調査報道の一種だと思っている」という。

 本書の表紙にも写真が載っている静岡県・湯ヶ島温泉の湯本館のように川端康成との関係が有名な旅館がある一方、「宿泊した事実はあるが、当時のことを知る者も資料もない」という宿もあったからだ。

 『伊豆の踊子』で有名な川端の湯ヶ島温泉のように、文豪と対で語られる温泉として、夏目漱石と静岡県・修善寺温泉、志賀直哉と兵庫県・城崎温泉が頭にすぐ浮かぶ。漱石が大吐血し「修善寺の大患」として知られる文学史上の事件の現場となった菊屋は現在、湯回廊菊屋として営業している。養生した「梅の間」は今も「漱石の間」として宿泊客を迎えている。また、志賀直哉が短編「城の崎にて」の執筆中、3週間逗留した三木屋は以後、志賀の定宿になり、40年以上にわたり十数回訪れている。昭和2年に現在の建物になってから愛用した26号室には貴重な限定本が置かれている。

かつてスターだった文豪

 冒頭に「名プロデューサー」と書いたのは、彼らが滞在した宿、温泉地はその後、箔がついたからだ。本書でも「文豪たちが残した書画」というコラムで、写真付きでいくつか紹介している。

 鈴木さんは「かつて文豪たちはスターだった。特に大正から昭和初期にかけて、記者たちは彼らの動向を追い、講演で何を話したかはもちろん、どこの芸者に入れあげているかまで報じられ、メディアのグラビアを飾ることも多かった。まるで現在の人気歌手やタレントのような存在だったのだ」と書いている。

 鉄道の発達により、かつての鄙びた温泉地はしだいに各地から人を集める観光地へと変貌してゆく。その時、文豪が滞在した事実とその証拠としての書画は、差別化の大きな武器になったに違いない。期せずして「名プロデューサー」になった次第だ。

2年間ツケをためた川端康成

 評者が感じたのは、宿と作家のいい関係だ。吉川英治が全財産を投じて1年余り籠ったのが、長野県・角間温泉の越後屋旅館だ。酒も飲まず所持金が尽きるまで、勉強と執筆に明け暮れたという。滞在中に書いた小説を出版社に送るうちに原稿の依頼が来るようになったそうだ。

 川端の場合、湯ヶ島の湯本館に2年余り宿泊した宿賃はツケ払いだった。川端が"住んだ"2階5号室はゆかりの品があふれ、まるで川端文学館だという。ツケの精算のため書いた書画もあるのだろうか。

 本書に登場するのは決して明るいエピソードだけではない。酒乱、生活破綻者と言われた葛西善蔵が、「悲惨な生活から遁走した宿」、栃木県湯元温泉の湯元旅館や有島武郎が心中の1カ月前に訪れた城崎温泉のゆとうや旅館なども紹介されている。

 だがいま、温泉宿に籠って作品を執筆する作家はいるだろうか? 評者の数少ない経験では、ワケあって温泉地のマンションを仕事場にしている人はいたが、いわゆる「カンヅメ」になる場合、自腹で都心のシティーホテルやビジネスホテルに籠る人が多いようだ。作家御用達で有名なお茶の水の某ホテルに行ったことがあるが、さすがに立派な机と広辞苑が置いてあるのには感心した。

 雑誌「ブルータス」(マガジンハウス)の最新号(2019年11月15日発売号)は、「ニッポンのホテル。」特集だ。最近評判のホテルが売りにしているのは、設計した建築家であり、コンセプトであり料理だ。文学趣味が介在する余地はどこにもない。

 温泉と文学については、浦西和彦編著『温泉文学事典』(2016年、和泉書院)という大著もあるようだ。473人の作家による、温泉に関する853編の作品を収録、登場する温泉は約700カ所というから、いかに日本人が「温泉文学」を愛してきたかがわかる。「温泉文学」は一種の「伝統芸」として日本人のDNAに根強く残ってゆくのかもしれない。

 BOOKウォッチでは、温泉関連で『秘湯めぐりと秘境駅』(実業之日本社文庫)、『温泉の日本史』(中公新書)などを紹介している。

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