本書『秘湯めぐりと秘境駅』(実業之日本社文庫)の著者、牛山隆信さんは「秘境駅」の専門家として超有名だ。これまでに同じような本をたくさん出している。
今回のテーマは、サブタイトルにあるように、「旅は秘境駅『跡』から台湾・韓国へ」。つまり現存する「秘境駅」ではなく、かつてあった「駅」の跡をたどり、さらに近隣国にも足を伸ばしている。
まず「消えた秘境駅」から。これがなかなか厄介だ。今は使われていない。なぜかと言えば、その駅への需要がなくなったから。
全国各地の赤字ローカル線がとっくに消えて、多数の駅が消えたことは容易に想像がつく。しかし、マニアの中のマニアである牛山さんが目指す「消えた駅」は、国道わきに残っているようなありきたりの廃駅ではない。
冒頭に登場するのは北海道の「神路(かみじ)駅」。「神」の「路」という名前からしても、人里から離れている感じが強烈だ。1922年に北海道の宗谷本線の一般駅として開業、のちに信号場に格下げされた。昔は林業で栄えたそうだが、住民が集団離村し、85年に廃駅になった。いまや周囲には人家は一軒もなく、完全に陸の孤島だ。
どうやってたどり着くか。グーグルマップを参考にしながら川沿いに渡渉する方法を考えついた。実行したところ、途中で川の深みにはまって危うく溺死しそうになる。何とか自力で岸に這い上がったが、しばらくは茫然自失、動けなかった。
この方法では駄目だと方針転換、登山靴に履き替えて徒歩行に切り替える。クマよけのために鈴やスプレーなども装備した。ピストルも忍ばせたが、本物ではない。100円ショップで買った模造品だ。引き金を引くと、大きな音だけは出るので、クマを驚かすことができると考えた。
大変な苦労の末に何とか廃駅にたどりつく。ホーム跡も駅舎もすべて撤去されていた。痕跡すら見つけにくかった。帰り道はヘッドライトを頼りに歩く。とつぜん周囲のクマザサが揺れた。やばい! とうとうヒグマが出たか、とピストルのトリガーに指をかけたが、ガサガサという音は次第に遠ざかっていった。たぶんエゾシカだったのだろう。
「廃駅」探検はざっとこんな感じ。誰にもすすめられるものではない。続いて登場するのが、「野湯」探検だ。
人里離れたところにある温泉は「秘湯」と呼ばれるが、「野湯」はさらに到達困難な所にある。著者によれば、「秘湯」は、どんな山奥にあっても人に管理されているが、「野湯」は基本的に自然のままの状態。太古の世界だ。
まずトライしたのが、北海道の渡島半島の山奥にひっそりと沸く「金花湯」。国内に数ある野湯の中でも難度が高い。片道21キロ。全行程が徒歩。日帰りは不可能で、現場でテント泊。沢下りで落下して打撲するアクシデントもあったが、徒歩7時間強で何とか到達できた。特濃の硫黄湯。そこは確かに別世界だった。
途中の道の描写が面白い。「自問自答の道」。先に進むか、あきらめて引き返すか。そんなポイントもあるという。
著者は「日本一遠くにある秘湯」にもチャレンジしている。その名も「高天原温泉」。九州にあるのかと思ったら、そうではなかった。標高2100メートル。片道13時間。どこにあるのかは本書でのお楽しみだ。
さらに著者のアタックは台湾・韓国へと広がる。このあたりは何となく、日本の山を征服して海外の山へ、ヒマラヤなどを目指すクライマーに似ている。著者は冒頭で記している。
「今回のテーマは『冒険』です・・・多額の費用をかけて挑む数千メートルを超える高山や極地探検のような大冒険ではなくても、自分にもできる精一杯の冒険を紹介したいと思ったのです。なぜなら、現代に生きる人々は便利になった半面、多くの制約に縛られるとともに、危険なものは最初からアンタッチャブルとして、自由な発想の芽さえも潰されていると感じたからです」
著者は「秘境駅」の名づけ親だという。本書を読んで感じるのは、その著者のあくなき探究心と、このジャンルでトップを走り続けようとする気迫だ。世間で「名人」と言われるような人が、しばしば「まだまだ修業中」「さらに上を目指す」などとコメントしているが、同じような心意気を感じた。
本書を最初に手に取った時は、もっと写真を大きくしてもらって、本文は簡単な写真説明だけでいいのに・・・と思ったが、実際に本文を読むと、本多勝一の秘境探検並みに、著者が果敢にチャレンジしている様子がうかがえ、これはやっぱり本文が必要だとを納得した。
本欄では関連して『秘境神社めぐり』(ジー・ビー)、『トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)、『秘島図鑑』(河出書房新社)なども紹介している。
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