お笑い芸人の本ということでたかをくくっていたら足をすくわれた。本書『声を出して笑っていただきたい本』(ヨシモトブックス 発行、ワニブックス 発売)は、吉本興業所属のモンスターエンジン・西森洋一さんが約2年半書き続けた日記から厳選した98編からなる。
ネットでの評判は「面白くない」と散々だ。ふだん彼らの芸を見ているファンからすると、ここに書かれた散文は退屈なのだろう。しかし、名前を聞いたこともステージを見たこともない評者にとって、日記というレベルを超えた文章のひとつの芸として、本書はにぶく輝いて見えた。
「親父が倒れた」は、20歳のとき、入院した父親が胃カメラの検査結果に納得せず、「先生、僕ね、胃ガンなんですわ」「胃ガンです」と言い続け、医者がキレてしまったという話。 「仕事で、話を聞かない人に会うと、親父そっくりだ、と思う。そういう人と会うたびに、『僕ね、胃ガンなんですわ』を思い出す」
東大阪で小さな部品工場を営む父親の姿が浮かんでくる。
「給料明細」も絶品だ。吉本の芸人の給料が安い、という話は聞き飽きたほど、あちこちでこれまで耳にしている。ある番組で、罰ゲームを凝縮したような、きついロケをやった。大蛇に腕を噛まれ、歯が腕に刺さり、血も出た。いつもは何も書いていない備考欄に一言、「過酷」とあった。どんな顔をして「過酷」とパソコンで打ったのだろう? 「蛇に腕咬まれ出血手当」だ、と笑い飛ばす。
「最終的に、スタントマンの給料明細みたいに、なりそう」と落とす。
「河川敷でゴルフ練習」はシュールだ。夜中に淀川の河川敷でゴルフの素振りをしていたら、一時間もずっと見ている男がいる。怖くなり、帰りぎわにチラッと見ると、ふとい鉄の配管だった。
ゴルフ場で千鳥のノブさんと回っているとき、ティーショットを打とうとしたら、200メートルほど先のコースの端にある、水銀灯の柱の根元に何かが見えた。「あんな所に人おらんやろ」と気にせず打った。前に進むと金網の間に「無表情のおばちゃんが立っていた」
「どういう仕事なのか? 時給は発生しているのか? 違うおばちゃんが来て、交代するのか? あそこで、お昼を食べるのか?」
舞台や営業など仕事の話も多いが、オフの話も少なくない。「武智さんとカラオケ」も芸人同士のつきあいの話だ。東大阪から呼ばれ、難波の武智さん宅近くで朝からパチンコ。勝っても負けても武智さんの家へ行き、ゲームや麻雀。最長で五日連泊したことがあり、「何日目かに、僕と奥さん二人だけの日があって、気まずかった」
仕事のかたわら、工場で鉄のアート作品作りに取り組む日々のことも淡々と綴っている。
大阪の芸人さんは、毎日こういう空気を吸って生きているのか。街と生活と仕事が一体となり、ふんわりと日々が流れてゆく。
はじめの1年は手書きで書いていた日記も、今は携帯のメモにフリック入力で打っているという。「死ぬまで続ける」と書いている。
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