BOOKウォッチで紹介する本の中では、「障害」関連は注目度が高い。世の中に、同じ境遇や思いの人が少なくないからだろう。本書『私たちはふつうに老いることができない――高齢化する障害者家族』(大月書店)もその一つ。障害者を抱える人が高齢化し、ケアが難しくなって、自分自身にも「支援」が必要となるケースが増えているというのだ。親たちの聞き取りをもとに実情を報告し、支援のあり方を考えている。
著者の児玉真美さんは1956年、広島生まれ。京都大卒。米国カンザス大学にてマスター取得。英語の教師(高校・大学)として勤務の後、現在、翻訳・著述業。30代の長女に重度の重複(心身)障害がある。日本ケアラー連盟代表理事。
著書に『私は私らしい障害児の親でいい』(ぶどう社)、『アシュリー事件―メディカル・コントロールと新・優生思想の時代』(生活書院)、『海のいる風景―重症心身障害のある子どもの親であるということ』(生活書院)、『死の自己決定権のゆくえ―尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』(大月書店)のほか訳書多数。
『介護保険情報』誌の連載「世界の介護と医療の情報を読む」(2006年7月~2015年5月)で海外のケアラー支援を紹介したことを機に、2011年より日本ケアラー連盟の仕事にも関係してきた。得意の語学を生かし、海外事情にも詳しい人のようだ。
本書は以下の構成。
第1部 これまでのこと 第1章 障害のある子どもの親になる 第2章 重い障害のある子どもを育てる 第3章 専門職・世間・家族 第4章 「助けて」を封印する/させられる 第5章 支えられ助けられて進む 第2部 今のこと 第1章 母・父・本人それぞれに老いる 第2章 多重介護を担う 第3章 地域の資源不足にあえぐ 第3部 これからのこと 第1章 我が子との別れを見つめる 第2章 見通せない先にまどう 第3章 親の言葉を持っていく場所がない 第4章 この社会で「母親である」ということ
本書は2019年に開かれたシンポジウム「障害者家族のノーマライゼーションを考える」がきっかけになっている。このシンポのキャッチフレーズが「わたしたちはふつうに老いることができない」だった。
2016年に神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」で起きた大量殺傷事件など、近年、障害者を家族に持つ人にとってやりきれない事件がたびたび起きている。シンポジウムで児玉さんは講演者の一人になり、「老いていく親として思うこと」という話をした。その後、重い障害を持つ高齢期のお母さんたちのインタビューを始める。50代後半から80代のお母さん、80代のお父さん1人と専門職5人の計45人の話を聞いてまとめたのが本書だ。
児玉さんが長女を生んだのは31歳になる直前だった。夫は中学高校の同級生で建築資材会社の営業マンをしていた。
分娩の途中で児玉さんは意識を失い、救急車で大病院に運ばれた。赤ん坊はぐったりして動かず、産声はなかった。すぐさまNICU(新生児集中治療室)の保育器に入れられ、人工呼吸器をつけて何週間か生死の境をさまよった。肺炎になり、敗血症にもなって、輸血が必要ということで昼夜を問わず駆けつけた。「予断を許さない状態です」という医師の言葉を何度聞いたかわからない。ある時、カルテに「brain atrophy」と書かれているのを見つけて全身が総毛立ちになった。英語ができたので意味が読み取れたのだ。「脳萎縮」――。身動きもできず立ち尽くしたという。
長女は、けいれん治療のために2か月ほど入院した。隣の個室には23歳の寝たきりの男性がいた。お母さんはとても親切な人だった。「息子に会ってやって」と誘われ、生まれて初めて寝たきりの成人男性を間近に見た。手足がねじ曲がって固まり、「うー。うー」と言葉にならない声が漏れてくる。歯茎が真っ赤に腫れあがって突出していた。抗けいれん剤の副作用だという。我が子も飲み始めたばかりの同じ薬にそんな副作用があるとは医者からは聞かされていなかった。
長女の病室を担当する看護婦さんに、不安を口にした。「この子は将来どうなるんじゃろうか。・・・私ら親が死んだあとは、どうなるんじゃろうか」。看護婦さんは、「国がどうにかしてくれるよ。放っておくということはないから大丈夫よ」と励ましてくれた。
本書で登場する重症児の母親たちの多くは、児玉さんと同じように、出産と同時に思いもよらない事態に直面した人たちだ。自責の念が今も残る人が少なくない。一方で、知的障害児の場合は、障害がわかるまでに数年かかるケースも多い。
評者の周囲でも、子どものことで苦労している人は少なくない。無事に生まれても、のちに障害などがわかった知人もいた。子どもを施設に預けることにしたものの、悩みごとが多くて鬱になった親もいる。
本書では、母親の苦しさが何度も出てくる。取材した母親全員が、舅姑から「うちの家系にはこんな子はいない」と言われたことがあると語った。夫との間で、子どもの障害をめぐる葛藤や子育ての負担感を「共有できなかった」と嘆く人も多かった。そして、「老後」が迫ってくる。老いによる心身の衰え――すでに自身が病んだり要介護状態になったりしながら支えている人も多い。
「介護する家族が病んだりケガをした時に、必要な医療を受け適切な療養生活ができるようにコーディネートし、回復までを継続的に支援する仕組みが、要介護者への支援とは別途、具体的な制度としてできていなければ、家族は『最低限の健康な生活』を送ることすらできません」
これは、児玉さんの切実な訴えだ。「国がなんとかしてくれる」状態に至っていないことをうかがわせる。
BOOKウォッチでは関連で『介護保険が危ない! 』(岩波ブックレット)、『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』(明石書店)、『職場のあの人、もしかして発達障害?と思ったら』(秀和システム)、『いま、絶望している君たちへ』(日本経済新聞出版社)、『車イスの私がアメリカで 医療ソーシャルワーカーになった理由』(幻冬舎)などを紹介済みだ。
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