表紙にずらりと並んだ美少年風のイラスト。これらが川端康成や芥川龍之介ら文豪の肖像だというのだから意表をつく。本書『文豪のすごい言葉づかい辞典』(TJ MOOK)は、まずそのビジュアルに驚かされる。文豪47人の61の言葉を解説し、言葉のプロたちに絶妙な言いまわしを学ぶという本である。
監修にあたった山口謠司・大東文化大学文学部教授は、「文豪の文章を読んでいて感じるのは、ありふれた言葉を何気なく使っているように見えても、じつはその言葉の持つ深い意味を知って使っていることである。本来の意味を知って言葉を使うのと、知らずに使うのとでは、言葉の強さにも差が出ることは明らかであろう」と書いている。
その上で、そうした文豪が使う語彙を実際に使ってみてはどうだろう、と提案している。まずは真似てみようというのだ。
「第1章 敬意・感謝を伝える言葉づかい」「第2章 依頼・辞退の言葉づかい」「第3章 謝罪・言い訳の言葉づかい」「第4章 怒り・絶望を表す言葉づかい」「第5章 近況・心境を伝える言葉づかい」「第6章 情景・状態を表す言葉づかい」という構成。
それぞれ、作品からの引用と解説からなる。たとえば、第3章の「海容」は、相手の罪や過ちを許すことだが、太宰治の『グッド・バイ』から以下を引用している。
「キヌ子にさんざんムダ使いされて、黙って海容の美徳を示しているなんて、とてもそんなことのできる性格ではなかった。何か、それ相当のお返しをいただかなければ、どうしたって、気がすまない」
よくある言い方では、「この度は失礼をいたしまして、申し訳ございませんでした」となるが、「この度の失礼の段、ご海容くださいませ」とすると、絶妙な言いまわしとなる。
「海容」とは、「海のようにあらゆるものを受け入れる寛大な心で、相手の過ちや罪を許すこと。「海」の「容(器)」という、文字のスケールの大きさも魅力だから、ぜひ手紙やメールに使いたい言葉だとしている。
「よくある言い方」と「絶妙な言いまわし」をいくつか対比してみよう。その違いがわかるだろうか。
「お目にかかれて、光栄です」→「謦咳に接する(触れる)ことができ、幸甚に存じます」 「上品な美しさを、見習いたいです」→「秀雅さを、見習いたいものです」 「あの方はよく働きますね」→「あの方は精励恪勤の方ですね」
文豪の手紙を引用した山口さんのコラムも味がある。たとえば、夏目漱石が鈴木三重吉に宛てた手紙から。
「拝啓 御通知の柿、昨三十日着。直ちに一個試みた處非常にうまかった。コロ柿は堅過ぎるがあれは丁度好加減です」
「直ちに一個試みた」というところが、「カポっと口に入れているところが目に浮かぶようです」と書いている。
文豪の書簡集から、人に文章で伝えるための言葉の巧さ、季節を感じる機微を学ぶことができるとして、夏目漱石や芥川龍之介を特に勧めている。
本書に出てくる言葉は漢語がほとんどだ。忸怩、拱手、蒙昧、等閑、慨嘆、玩弄、豚児、吃驚、寂寞、緩徐、蕭々......。字面を見ただけでもインパクトがある。だが、メールで使っても相手が理解してくれるか、少し心配になる。日常生活では使われず、文学作品にのみ生き残るのでは、と思った。
巻末には、明治・大正・昭和の文豪列伝や夏目漱石、谷崎潤一郎、太宰治をめぐる文豪相関図がイラスト付きで載っている。文豪をより身近なものに感じてもらおうと工夫されている。
BOOKウォッチでは、文豪に関連して、『文豪たちの憂鬱語録』(秀和システム)、『文豪と借金』(方丈社)などを紹介済みだ。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?