「ニート」や「ひきこもり」が問題になって久しい。本書『ミッシングワーカーの衝撃』(NHK出版新書)のキーワードは「ミッシング」だ。「消えた」とか、「見つからない」「行方不明」と訳される。したがって「ミッシングワーカー」は、消えた労働者、行方不明の労働者、ということになる。副題には「働くことを諦めた100万人の中高年」とある。彼らはなぜ働かないのか、どこに消えたのか。
「ミッシングワーカー」は労働政策を専門とする米国のシンクタンク「EPI=エコノミック・ポリシー・インスティテュート」が提唱し始めた新しい概念だという。リーマンショック以降、米国の失業率は下がっているのに景気が回復しない。その「謎」を探る中で、EPIは以下のようなことに気付いた。
「今日の労働市場では、失業率という指標は、雇用機会を得る力が弱い人たちを含めることができておらず、失業者を過少に計上することになっている」
失業者の統計には、求職していない人が含まれていない。彼らは、働いていないにもかかわらず、失業者という統計には表れない。そこで、EPIは彼らを「ミッシングワーカー」と名付け、どれくらいいるのか試算してみた。すると、多い年では全米で400万人近くになり、ほとんどが45歳以上の中高年だということがわかった。
2015年の米国の失業率は5.1%とされていたが、「ミッシングワーカー」を加えると、7.4%に跳ね上がる。衝撃のデータだった。
NHKスペシャルの取材班はそのことを知り、日本でも同様の調査に乗り出す。総務省統計研究研修所の西文彦研究官の協力を求め、「労働力統計」をもとに分析した。その結果、40代、50代の「ミッシングワーカー」は、1997年の時点で73万人、2017年はさらに増えて103万人と推定された。
同じ世代の失業者数は、リーマンショック直後の2009年が113万人。2017年は72万人と大きく減少しているが、「ミッシングワーカー」は100万人前後で横ばいだ。
これらのデータをもとに、改めてこの年代の人を区分けすると、「正規労働者」1699万人、「非正規労働者」795万人、「失業者(求職活動)」72万人、「ミッシングワーカー」103万人となる。
取材班はこうした基礎データをもとに、日本における「ミッシングワーカー」の実態を掘り起こし、2018年にNHKスペシャル「ミッシングワーカー 働くことをあきらめて・・・」というタイトルで放送した。本書は番組をもとに、問題の背景から解決の糸口まで追加取材して描き出す。
放送翌年の19年には、衝撃の事件も続いた。5月28日に川崎市の住宅街で、51歳の男が登校中の小学生らを殺傷し、自殺した。男は伯父夫婦のもとで、働かず「ひきこもり」状態だったと報じられた。その4日後には東京都練馬区の住宅で、76歳の父親が44歳の長男を刺殺する事件が起きた。この長男も長年「ひきこもり」状態。働かず、ゲーム三昧の日々を送っていた。親に暴力もふるっていた。
本書は「第一章 『ミッシングワーカー』とは何か」「第二章 労働者はいかに社会から『消える』か」「第三章 脱落するリスクは誰にでもある」「第四章 専門家の視点から構造要因に迫る」「第五章 『ミッシングワーカー』を脱するために」の5章構成。多数の事例が登場する。
目立つのは親の介護を抱えているケースだ。しばしば「8050問題」などと言われる。親が80代、子どもが50代。介護が大変になって、子どもが仕事をやめる。生活費は親の年金。親が亡くなると、生活費もなくなる。しばらく働いていないので、勤めようにも仕事がない。介護問題が絡んで、正社員→非正規→ミッシングワーカーというコースをたどっている人が少なくない。
背景には日本経済の低迷がある。終身雇用が崩れ、非正規労働者が増えた。給料は上がらない。1995年と2015年を比較したデータが掲載されている。40代、50代の未婚者は277万人から650万人に増えた。その3割弱が年収100万円以下。未婚者のうち親と同居している人は、113万人から341万人と3倍以上になっている。
「ミッシングワーカー」は、日本社会の構造変化を象徴的に表しているという。日本が経済成長を続けていた時代には考えられなかったようなことが起きているというのだ。
2015年に「生活困窮者自立支援法」が施行され、行政には「生活困窮者自立支援窓口」ができた。「仕事・暮らし自立サポートセンター」などという名が付いている。17年度に名古屋市内に3つある「サポセン」に寄せられた相談は2755件。その3割以上が40代、50代から。介護のために働けなくなり、経済的に追い詰められているというものだった。
本書では類似用語との違いも説明されている。「ニート」は「若年無業」。15歳から34歳までに限定されている。「ひきこもり」は「仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上自宅にひきこもっている状態」。これまでの調査対象年齢は39歳までだったが、内閣府は64歳まで対象を広げた結果を19年3月に発表した。それによると、全国で「半年以上、自宅に閉じこもっている状態」の40~64歳は、推計で61万3000人もいることがわかった。
少子化、高齢化で日本では労働力が不足している。一方で、大量の「ミッシングワーカー」が潜在している。もったいない話だ。この状態がさらに10年、20年続くと、高齢者の生活保護など新たなコストが膨らんでくる。
政府は19年12月、「ひきこもり」の多い中高年に特化した支援のために、今後3年間で600億円を投じ、この世代の正規雇用者を30万人増やすという計画を掲げたそうだ。番組が国を動かしたのかもしれない。実効があることを期待したいと思う。
BOOKウォッチでは関連で『中高年ひきこもり』(幻冬舎新書)、『ルポ ひきこもり未満』(集英社新書)、『認知症介護と仕事の両立ハンドブック』(経団連出版)、『生保レディのリアル』(共栄書房)、『職場のあの人、もしかして発達障害?と思ったら』(秀和システム)なども紹介している。
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