読むべき本、見逃していない?

「キネマ旬報」の連載が20年ぶりによみがえる

  • 書名 デビュー作の風景
  • サブタイトル日本映画監督77人の青春
  • 監修・編集・著者名野村正昭 著、宮崎祐治 イラスト
  • 出版社名DU BOOKS
  • 出版年月日2019年8月 9日
  • 定価本体2800円+税
  • 判型・ページ数四六判・496ページ
  • ISBN9784866470993

 本書『デビュー作の風景』(DU BOOKS)の著者・野村正昭さんは、日本で一番映画を観ていると自負する映画評論家だ。年間1000本を超えるという。映画批評の最初は18歳の時。映画雑誌『キネマ旬報』に投稿して採用された。東映洋画宣伝室、広告代理店勤務を経て映画評論家に転身した。キネマ旬報ベストテン、毎日映画コンクール、芸術選奨などの選考委員も歴任している。

冒頭は大林宣彦監督の「HOUSE・ハウス」

 デビュー作は配給第1作か、自主制作か。どんな経緯があったか。監督によってはデリケートな問題だろう。もちろん映画への理想や情熱が必要だ。しかし、商業的成功も見込めなければならない。妥協だらけになるはずだ。だからデビュー作の事情を聞き出すのには、聞き手にそれなりのキャリアが要ることは想像がつく。

 その野村さんがデビュー作のインタビューを始めたのは1996年だ。映画雑誌「キネマ旬報」で連載を始めた。本書はその記事を中心にまとめられた。中心にというのは、99年に編集部の体制一新にともない65回で中断。インタビューの仕事から「意識的に遠ざかっていた」が、約20年が経過し、別の連載を同誌にしたことで単行本化の話が復活・実現したのだそうだ。新たに12人を加え、77人になっている。

 冒頭では連載の第1回目と同じく大林宣彦監督の「HOUSE・ハウス」(77年)を紹介。以下は26年のマキノ雅弘監督「青い眼の人形」から2018年の上田慎一郎監督『カメラを止めるな!』まで年代順に並び、最後は、これも連載最終回になった森田芳光監督「の・ようなもの」(1981年)で結んでいる。この2作には、野村さんの思いがひとしおだ。

 「HOUSE・ハウス」は、夏休みを過ごしに別荘を訪れた7人の少女が、その別荘に食べられてしまう、というホラーだ。大林監督には「EMOTION=伝説の午後・いつか見たドラキュラ」(67年)と題する自主製作映画があり、野村さんは「ドラキュラのような傑作は2度と撮れない、と危惧していた」のだそうだ。ところが、大ヒットしたのは周知の事実だ。

 野村さんは当時、この作品で初めて製作現場を見た。本書のイラストを担当した宮崎さんと出会ったのもその時。本格的な映画評論への野村さんの第一歩でもあった。

 インタビューによると、本作のアイデアは、実は監督の娘が「鏡の中の自分に食べられたら怖い」と言ったことがきっかけだった。評者はこの作品のテーマを、主体=実像と、他者から見た自己=虚像の関係だと見る。ここでは虚像に脅かされる実像がテーマだ。

 「の・ようなもの」は二ツ目の落語家の青春物語だ。二ツ目は、前座見習いからスタートして、一人前の真打ちとなる序列の真打ちの前段。ここで挫折する者が多いとされる。映画に登場するのはインテリのソープ嬢や落研の女子高生、同じ二ツ目の半人前たち。まさに、の・ようなものたちによるコメディーだ。

 実像・虚像の視点から見ると、自らの実像を見い出すことへの苦難がテーマだ。学園紛争が収束し、その後のシラケムードも終わった80年代当時。自分探しがブームになり、フランスの思想家ボードリヤールが、世界はオリジナルのないコピー(=シミュラークル、複製)で覆い尽くされているとして注目された時期と重なる。

 グルメランキングやネトウヨ、プロ市民......。ツイッターのリツイートがある種の世論を形成するに至った現代、虚ろなシミュラークルに席巻される状況は、さらに深刻化しているように見えるが、どうか。参考として、BOOKウォッチでは現実の人の複製について、青野由利さんの『ゲノム編集の光と闇』(ちくま新書)で紹介している。

武満徹さんからの新曲提供を断って後悔

 本書が原将人監督を取り上げているのにちょっと驚かされた。実像・虚像の視点からすると、像が見える「からくり」を追求する監督となる。監督が高校時代に撮ったデビュー作「おかしさに彩られた悲しみのバラード」(68)は、全国規模の16ミリ映画コンテストでグランプリを受賞。同世代の監督たちに大きな影響を及ぼした傑作だ。音楽は著作権に絡むものだったので、武満徹さんから「新たに作曲してあげようか」と、提案を受けたが、「あのころは若くて断ってしまった。後悔している」という後日談も紹介されている。

 評者は70年代後半、原監督を映画ではなく思想家として体験した。それは知人に紹介されて読んだ雑誌の論文だった。そこでは弁証法が視覚的ないわば生理現象として解説されていて、持続する時間と順序としての時間も取り込まれているところが新鮮だった。そんな経緯だから、評者は本書を読むまで、原将人氏は哲学か認知心理学の研究者だと思っていた。

 本書を読むと、映画の歴史めいたものがやはり浮かんでくる。自己認識に確信を持っていた大島渚監督ら50、60年代、自己認識が揺らいだ70年代、自己認識への到達を回避するそれ以降。映画は、ごく大雑把にそう見える。60年代末、自己認識のからくりの解明に挑戦した原監督が行き場を失っている今の状況は、どこか切ない。

 BOOKウォッチでは映画関連で、『たたかう映画――ドキュメンタリストの昭和史』(岩波新書)、『こんな雨の日に――映画「真実」をめぐるいくつかのこと』(文藝春秋)、『映画と天皇』(日本大学芸術学部、ユーロスペース)、『旅と女と殺人と 清張映画への招待』(幻戯書房)、『反戦映画からの声』(弦書房)など多数を紹介している。

BOOKウォッチ編集部 森永流)

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