フランスの大女優、カトリーヌ・ドヌーヴを主演に迎えた日仏合作映画『真実』が、ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門のオープニング作品として正式出品、日本でも2019年10月11日から公開が始まる。
監督を務めた是枝裕和さんがその過程を記録したのが本書『こんな雨の日に』(文藝春秋)である。18年、カンヌ国際映画祭で最高賞、パルムドールを『万引き家族』で受賞した是枝さんには同名の本がある。今回はなぜ映画と本の名前が違うのか。その理由を冒頭に書いている。
「こんな雨の日に」は、是枝さんが以前書いていた未完成の脚本の題名だという。03年にパルコ劇場で上演すべく準備したが実現しなかった。キャリアの晩年を迎えた老女優の物語で、イメージキャストとしては女優に若尾文子さん、もう一人の役に樹木希林さんを考えていた。それから15年を経て、その脚本はタイトルも舞台もキャストも変わり、新たに生まれた。
書き出しは18年8月23日、希林さんの容態がよくないと『真実』の制作準備を中断して一時帰国したところから始まる。機内で書いた手紙をご自宅に投函、一泊してパリにとんぼ返りした。
カトリーヌさん演じる主人公の自宅の撮影場所がクランクイン7週間前でも決まらなく、切迫していた。パリ郊外だと「そこはパリじゃない」「パリから出たくない」と主張するカトリーヌさん。あちこちロケハンし、ようやく決めた家から撮影を断られたのだ。
それから時間はあちこち前後し、カトリーヌさんとのロングインタビュー、カメラマンや主要キャストを決めるプロセス、撮影日誌などを書いている。その間には『万引き家族』に関する記述も。映画は長い準備段階を要するため、複数の作品づくりとそのフォローが並走する。それらをうまくこなす日々が淡々とつづられる。
口絵にはカトリーヌさんや夫役のイーサン・ホークさんら主要キャストのカラー写真、またところどころに是枝さん直筆のカット割りの表、絵コンテ、俳優への要望をかいた手紙などが挿入され、見飽きない。ともかく、是枝さんが緻密に映画を作っていることが分かる。
日仏合作で、オールフランスでのロケとあり、日本で撮影する以上の苦労があったようだ。そのへんは、プロデューサーの福間美由紀さんが、「伴走」と題した長い文章を寄せている。それによると、『真実』が具体的に動き出したのは15年。暮れには最初のプロットが改訂された。さまざまな交渉事、フランス国立映画センター(CNC)の公的助成をもらうための審査、通訳の確保など舞台裏が詳細に書かれている。そしてこんな感想も。
「確かに見た目は完全にフランス映画だが、画面の隅々まで是枝作品のエッセンスが漲っている」
是枝さんはさまざまなエピソードを明かしている。中でも面白かったのは、カトリーヌさんが、ヘビースモーカーというよりチェーンスモーカーだったということ。撮影初日のことだ。
「それにしてもカトリーヌさんは、ひっきりなしに煙草を吸っている。『このシーンは吸っていいの?』と、止めなければカメラが回っていても隙を見ては吸おうとする」
しかし、煙草を吸う姿は格好いいという。これだけ我を通しながら、疎まれることもまったくなく、75年生きてきていることのスゴさをしみじみと思った、と書いている。
本書を読めば、この映画のあらましは分かるが、あまりその辺はふれないでおこう。「この映画を讃歌にしたいと強くこだわった」のは、「希林さんという映画作りのパートナーを失った喪失感に引っ張られないでいたいという、そんな気持ちからだったのだろうと、1年近く経った今気づいた」と「おわりに」で明かしている。
そして誰に一番この映画を観せたいかと問われたら、真っ先に彼女の名前を挙げるだろう、と。
映画を観てから、本書を読むのが順番だろう。是枝監督の映画作りの手の内を知ってしまうと画面に集中できないかもしれないからだ。副題には、「映画『真実』をめぐるいくつかのこと」とあるが、いくつかに止まらない。その方法論や映画への思いが詰まった本だ。
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