戦前に作った「戦ふ兵隊」(1939年)は検閲で不許可。あげくに治安維持法違反で逮捕。戦後の「日本の悲劇」(46年)は占領軍に没収される――いわば「ミスター不許可」ともいうべき硬派のドキュメンタリー映画監督が亀井文夫(1908~87)だ。
戦前も戦後も作品が公開できなかったというのは、日本の映画監督の中でも極めて異例だ。筋金入りの闘士だったのだろうと思われがちだが、本書を読むと、本人は意外にあっけらかんとしている。そのギャップが面白い。
「戦ふ兵隊」は日中戦争の記録映画だ。東宝が陸軍報道部から委嘱を受け、「戦意高揚」のためにつくられた。亀井監督ら撮影隊も数か月間、中国大陸の戦場へ。敵軍を追いつめ、掃討する武漢作戦に同行した。画面から間断なく銃声が響く。試写会の評判は非常に良かった。ところが内容が暗い、「戦う兵隊」ではなく「疲れた兵隊」じゃないか、反戦映画だ、と指弾される。そして映画人として治安維持法で逮捕される第一号になった。
世田谷警察に留置され、本庁の特高課長の調べを受ける。「映画による共産主義宣伝活動をやってたことは、認めるネ」。亀井はびっくりした。「そんなバカな・・・。ぼくは、会社の命令で、映画を作っているだけですよ」。特高課長が食い下がる。「コミンテルン(共産主義インターナショナル)の指令通りの反戦映画じゃないか」。亀井が反論する。「冗談じゃない。あれは、僕のまったく主観的な"美"の追求です」
福島県に生まれた亀井は、文化学院を中退して28年、絵の勉強をしようとソ連へ。そこで新しい映画作りの息吹に触れてたちまち魅了される。3年後に帰国し、やがて監督デビュー。38年には上海事変の記録映画「上海」をつくり、評判になっていた。
「美の追求」にこだわったのには理由がある。レニングラードの映画技術専門学校で学んでいた時に、世界の映画界に多大な影響を与えることになる名匠エイゼンシュタインらのモンタージュ技法に直に触れていたのだ。帰国した亀井の中ではすでに「映画美の理論」が出来上がっていた。上海租界を威風堂々と更新する日本兵のシーンを撮るとき、兵隊と日の丸で出迎える日本人だけを撮るだけでは満足できない。行進を鋭い目でにらみつける中国民衆のカットをどうしても入れたい。
「戦ふ兵隊」の物議をかもしたいくつかの場面は、そうした亀井の「映画美」へのこだわりが生んだ、ともいえる。
戦後は一転、自由に何でもやれる時代になった。そう思って「日本の悲劇」をつくる。戦前のニュース映画を素材に、なぜ日本は戦争を起こしたのか、ということをストレートに訴えたドキュメンタリーだ。敗戦で、新しい時代に迎合しようと、皆があっというまに看板を塗り替える。そのシンボリックな存在として、昭和天皇が、大元帥の軍服をぬいでモーニングに替わるシーンをオーバーラップで入れた。これも、亀井流の「美の追求」だったのだろう。しかし、東宝や松竹から配給を断わられる。東京裁判の前に、映画で戦犯を決めて断罪するかのような激烈な内容。フィルムはGHQに没収されてしまった。
47年に作った初の劇映画「戦争と平和」も、占領政策を批判したとして30分間が検閲でカットされた。有名な東宝争議に深く関与して48年退社。
その後も「基地の子たち」「流血の記録・砂川」で基地問題を、「生きていてよかった」「世界は恐怖する」で原爆と核廃絶をテーマにした作品をつくる。いずれも取材対象の了解を得るために撮影には大変な苦労をしている。そして60年、部落差別を告発した「人間みな兄弟」を最後に52歳で社会性の強い記録映画の世界から退く。
その後の亀井は何をしていたか。実は72年、渋谷のNHKの近くで骨董屋「ギャラリー東洋人」を開業、主人におさまっていた。現実を追い続けた男が、現実から韜晦し、時々持ち込まれるPRフィルムの仕事をこなす以外は、引きこもっていた。
そして84年に「みんな生きなければならない――生物みなトモダチ・パート1・農事編」、86年には「愚生ゆえあって近年鳥に変身しました」という人を食ったメッセージとともに、「トリ・ムシ・サカナの子守歌――生物みなトモダチ・パート2・教育編」を完成させ、翌年死去。78歳だった。
「いまや人間の思い上がりの文明で、すべての生物が危機にさらされている」――「生物みなトモダチ」は、そんな思いを込めた辞世の作品だった。
本書は、ドキュメンタリー作家でドキュメンタリー映画の研究者でもあった谷川義雄さんが、亀井の残していた多数の記録などをもとに、亀井の人生と人物について、再構成したものだ。資料はすべて生前に譲り受けていたという。いわば本書は、活字でつくった亀井についての貴重なドキュメンタリー作品となっている。
俳句を通して信州農民の困窮を描いた戦前の作品「小林一茶」のシナリオのほか、随所に記録映画作りについての「亀井理論」が出てくる。今のテレビ業界でドキュメンタリーを撮る人にとっても参考になるに違いない。現代史に関心を持つ人にも得るところが多いだろう。もちろん映画の「戦ふ兵隊」や「日本の悲劇」は必見だ。
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